2010年8月28日 (土)

難儀な日々

5月末頃から、日内変動がひどくなった。薬を飲むがなかなか効いてこない、やっと効いてきたと思ったら1~1,5時間できれる。切れた途端に全く動けなくなる、しかし手の振えはかなりひどい。座っていても右に倒れる、座位保持が出来ない。歩こうとするが少しでも力を入れると、全身がガクガクブルブル、これでは歩きたくても歩けない。 急激に進行する病ではないと思っていたので、その衝撃はかなり大きかった。歩けるかそうでないかによって、QOL(生活の質)がかなり違ってくる。特に排泄関係のことは深刻だ。何とか自力で行こうとするが、どんなに頑張っても足が動いてくれないのである。階段をイメージしてみたり、大きなかけごえで「よーい、どん、1,2,1,2、・・・」と言ってみてもどうしようもないのだ。仕方なく大きな尿取りパットを当てることになる。全身がブルブルしだすと急激に膀胱が刺激されて尿意をもようするのである。パットを当てるとなかなか出ない。やっと排尿がすみパットを片付ける時の何とも言えない、敗北感。 「以前、Y会で主催者のOさんが、はったりしたら駄目、最後まで自分の足で歩くんだ」という強い意志を持っていなければ・・・・。」と言って色々と、御自分なりの訓練法を教えて下さった。御自身も以前、すくみに悩まされたがいろいろ考えて頑張った。だから今はあまり気にならないと・・・・。その言葉に励まされて私も頑張ってきたのだが・・・・・進行する病には抗することができない。心の持ち方で身体もかなり違ってくることは私も経験している。しかしどのように頑張っても限界があるのだと思う。難病の難病たる所以だろう。 自由に歩行出来ることが、生活の質を低下させないためには必要だと思う。行きたい所に行く、それが出来なくなったら・・・外出するのも怖くなる。いつ「すくむ」かわからない。ドクターに話、薬で調節出来ないかあれこれ、やってみているがなかなか難しい。薬効時間も短くなり、何もかにもが中途半端である。このブログを書くために顔も洗わず書いている。顔を洗ったりシャワーを浴びたりすると、もう切れてくる。 ここまで書くのがやっと・・・すくみに何かよい方法があれば教えて欲しい。8月9日で発病15年になった。

» 続きを読む

| | コメント (2)

2010年6月13日 (日)

書けない

体調悪化、母の病も進行、書くことが出来ない。とにかく何かをしようとすると薬切れ、 何ひとつ満足に出来ない。フラストレーションばかりが・・・。身体がいうことをきいてくれない。

» 続きを読む

| | コメント (0)

2010年2月20日 (土)

急悪

1月に記事をアップしてから、1度も更新していない。

その理由として1番は、体調悪化による。薬効持続時間の減少も伴い何かをしていても、薬が切れてくるので、何ひとつ満足に出来ないのである。あれもしよう、こんなこともしてみたい!と始めてみるものの、すぐ薬が切れてしまい中断せざるを得なくなる。今年にはいって、市のリサイクル館で不要になった木綿布を使って草履を作るという講座があった。夏に履くには、これがちょうどいいと思い申し込んだ。(キャンセル)

私がいなくなっても、いつでも歌えるように母のために、童謡・唱歌・抒情歌などピアノ伴奏をテープに吹き込んでおこうと思って始めたものの、未だに完成していない。春に咲く花の種も蒔いておかねばと思うものの、寒い。学生時代近所のおばさん達をみて「なぜ、あんなに何枚も重ね着するのか?」と思った。今、その理由が分かる。結局エネルギーが減少してくるのであろう。かくいう私も最近、両足の指に"

» 続きを読む

| | コメント (0)

2010年1月 6日 (水)

シンメトレル

2010年になって早5日経った。1月2日は母の誕生日。誰からも何もない。私がハッピーバースデーの歌を歌ったのみ。3日は今年初礼拝日。1月生まれの人は祝福を受ける。その後何か一言言わなければならない。母はいつも「お正月に生まれたので祝ってもらったことがない。」と同じ事を言う。私は提案した。全く違うことを言えばと・・・。考えた結果英語で自己紹介することになった。それからが大変・・・。 私の息子が使っていた和英辞典を引っ張り出し、英語に訳していく。錆つきかけた頭で必死に考えて出来たのがこれである。文法などチンプンカンプン単語を並べただけの文になった。 my name is Y,O I  was  born  in  yokohama  juniary 2, 1927 For  war  viorenst an  air  raid  go  home  my  familys of  father parents  house My life  is hard time  from long ago But  now  i am happy Because  i  have  a  gentle  a  girl And  a  god  followed  me  to  my  life Thank you  to all  from  ones  heart 何を言っているのかわかるかな、わからないでしょう。メチャクチャなんだから分かるほうがおかしい。 5日、病院にいく。ドクターに診てもらう時は必ず調子がいい。最近の状態を話す。薬が切れると完全無動状態になる、すくみ酷く1歩も前に足が出ない、睡眠効果がないなど・・・。すくみを改善するにはドーパしかない、ドぷスは効かない。といわれる。「シンメトレル」のことをきいてみる。朝晩飲んでみますか?効果の程は?飲んでみないと分からないと。そうだろうさもありなん。薬は出来るだけ...

» 続きを読む

| | コメント (0)

2009年12月30日 (水)

感謝

今年も残すところあと1日になった。25時間ほどで2010年(H22)になる。お正月といっても何ということもない。月の周りを地球が1週しただけである。なんて言ってしまえばにべもないが・・・。今年1年、色々なことがあったような、特にこれといったこともなかったような・・・考え過ぎればあるが、気にしなければないということだろう。しかし、病の進行は確実に進んでいる。さいきん薬が切れれば全く動けなくなってきた。睡眠効果もなくなった。 これって順調に進行しているのだろうか?私より少し病歴の長いFさんは、少し前から歩けなくなって車椅子になった。しかし、手の振るえはないので車を運転している。病が進むと足にくるのだろうか?そういえば足のすくみも酷くなったような・・・。ああーこんなことばかり考えていたのではいけない。1度切の人生クヨクヨしたり嘆いても仕方ない。明るく笑っていこう。 ひょっこりひょうたん島的精神でいこう。「波をチャプチャプかきわけてひょうたん島はどこへ行くどこへ行く。丸い地球の水平線の向こうに何かが待っている。苦しいこともあるだろうさ、悲しいこともあるだろうさ、だけど泣くのは嫌だ笑っちゃおう。進めひょこっりひょうたん島  〃 」 薬の効く時間短くなり、新しい記事をアップすることがなかなか出来なかった。にも関わらず訪問して下さった方々、どうもありがとうございました。拙プログですみません。改めてお礼を申しあげます。来年は少なくても内容の濃い記事が書けるよう努めるつもりです。自分自身の精神的向上を図らなければ、なんぼ書いても駄文になってしまうでしょう。内容の伴わない記事を書くくらいなら、止めたほうがいいかもしれません。言葉の羅列だけでは虚しい。言うことなら何でも言える、大切なのはどのように実行するかだと思う。言うは易し行うは難しである。 ”有言不実行”でなく、”有言実行”か、”不言実行”、一番良くないのが”不言不実行”だ。こんな当たり前のこといちいち言わなくてもいいのだ。私はいらぬことを書き(言い)過ぎる。自家撞着に陥らぬように気をつける必要あり。 年明けや何事なければ良しとする 吾が振るえ病か寒いかどちらかな 痛むなりいつまで続くぬかるみぞ 呻きながら好きにしてと言う他はなしと牧師のいう こんなにも痛みに弱い自分かな 痛みとは思考力をも奪うなり もうあかん尿でそう足がでんわ 内...

» 続きを読む

| | コメント (2)

2009年12月14日 (月)

いつのまにか・・・。

コムタンの事であれこれあり、とうとう11月は記事をアップすることが出来なかった。 改めて、薬の有難さと怖さを感じている。現在の自分は薬中毒者と似たようなものである。薬が切れると手が振るえ出し、身体は無動状態になる。足を前に出そうとしてもすくんで出ない。しかし以前のように慌てることはない。薬に対する反応は良いのだ。早ければ20分~30分すれば効いてくるからである。ただ効く時間が短くなったことは確かである。それで、コムタンを服用することになったのであるが・・・・・。ドクターはこの薬は合う人と合わない人がハッキリ分かれていく傾向があります。私の身体は薬を受け付けなかった。中止することになったが、急に止めて何か影響はでないかと心配であったが、コムタンの副作用と思われる全身の激しい痺れと心臓の苦しさをと、まったく動けない状況から一刻も早く抜け出したいとの思いから、早速コムタンを中止した。それから1カ月、やっと以前の体調まで復調してきた。全く動けない状態に陥っていた身体は長年飲んでいたビ・シフロールを服用すると、ものの見事に30分後動けるようになったのである。本当に有難かった。ビ・シフロールさま有難うという思いがした。同室の方たち(糖尿病の勉強にきている)は、突然、起き上がってスタスタと歩いてトイレに行く私の姿を見て、狐につままれたような顔をしていた。 そんなこんなで気がつくともう、いつのまにか暦は12月になっていた。11月30日は私の○○回目の誕生日であったが・・・母に言われるまで気がつかなかった。ついに代が変わってしまった。いつのまにこんな時が経ったのだろうと思う。発病してから15年になった。パーキンソン病と宣告を受けた時はまだ40代であった。よくここまでこれたと思う。進行の遅い病とはいえ、年々病は進んでいく。10年持てば何とか治療法も見つかるだろうと思った。しかし15年経った今でも確たる原因はわかっていない。だから当然だあるが治療法も確立していない。対症療法だけである。新しく開発された薬はいくつかあるが、どれも対症療法の薬だ。遺伝子治療も試みられているが、実用化されるには最低でも10年はかかるとか。脳深部刺激術という、小さい小さい針を脳の中に入れて電流を流す方法もできているが、根治的な治療法ではない。 だが明日のことは誰もわからない。1ヶ月後に画期的な治療法が見つかるかも...

» 続きを読む

| | コメント (2)

«コムタン