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2008年11月の記事

2008年11月29日 (土)

断念せよ

すこし前になるが、ある1組の夫婦がアメリカ人女性のお腹を借りてこどもを作った。いわゆる代理母である。アメリカで生まれたので国籍はアメリカになる。そのことに抗議し、訴えると・・・その後どうなったかはわからないが、いくら自分達の子供でもアメリカの女性がアメリカで産んだ子供の国籍はアメリカになる。そんな事は自明である。知らなかった、のだろうか。

子宮癌になり子供が出来なくなった。それで体外受精など試みたものの思わしい結果が得られなかった。しかし「自分達の子供がどうしても欲しい」という気持ちを捨てきれず、アメリカ人女性の子宮を借りて目的を達成した。と・・・。それを見た時の感想は「なぜそこまでやるの?養子をとればいいのに」と思った。自分達の遺伝子を持った子供が欲しいという気持ちも分からぬではないが・・・。ひょっとして養子の方が優秀という可能性もある。費用もかなりかかるだろう。「自分達の子供がどうしても欲しい」という思いの行き着く先は?クローン人間?

臓器移植にも同じことが考えられる。もし、自分の子供が「臓器移植でしか助かる道はない。」と言われれば、ほとんどの親はそうなればと1度は願うだろう。しかし、臓器移植が出 来るということは、一人の人間の『死』があるのだ。私は「臓器移植」には反対している。『脳死』は人の死ではなく、心臓死をもって人の死と考えている。臓器を取り替えるという行為は、どうしても医療とは思えない。傷んだパーツを(臓器を)取り替える・・・自動車の修理と同じようなことではないか。(費用もかなりかかるだろう。)

現在、日本で行われている『脳死判定基準』も十分とは思えない。アメリカでは外国人に臓器を提供するな。という声も出ている。日本人の提供者もまだ少ない。費用の面で外国には行きにくい。移植医療に携わる人は出来るだけ新鮮な臓器が欲しい。それやこれやで『脳死』に関する法律を変えようという動きが出てきた。現在は家族の同意があっても本人の意思が確認できないと、臓器摘出は出来ないことになっている。(15歳以下の人からも取れない)それを、本人の意思が確認出来なくても家族の同意だけで臓器提供が出来るようにしようというのである。とんでもない!そのようなことを許してしまえばだんだんエスカレートしていくのは目に見えている。何しろ移植医は「出来るだけ新鮮な臓器」が欲しいのである。それもなかなか出来ないとなると・・・クローン技術を使って臓器を作ろうと誰しも考えるだろう。

子供のない夫婦は沢山いる、生きたくても生きることが出来ない病がある。ということに思いを馳せれば・・・「どうしても自分の子供が欲しい」、「わが子の命を救うために臓器が欲しい」という欲望は少し軽減するのではないだろうか。欲望を満たすためにどこまでも行く、欲望の行き着く先は?私は思う「人間、時には断念することも必要ではないか。」と。

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2008年11月27日 (木)

脳死・移植

脳死、移植について

ツナミンさんのブログに『脳死』『移植』について、詳しく述べられている。この問題は他人事ではない。真剣に考えなければならない。現在の『脳死判定基準』は大きな問題があると思う。それなのに更に「本人の同意がなくても家族の同意があれば脳死と判定できる」ようになりそうな・・・。現在は15歳以下は除外されているが、もし家族の同意だけで脳死と判定されるようになれば・・・年齢制限はなくなってしまうだろう。『脳』はかなりダメージを受けても『低体温療法』などにより、今まで回復困難と思われていた人が助かるようになってきている。ましてや子供の脳はもっと再生力があると思う。他人事ではない真剣に考えられなければならない問題である。

ツナミンさんのブログURL

『イスマタリアン』 http://www.doblog.com/weblog/myblog/76849

教育問題も書かれています。必見。

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2008年11月26日 (水)

薬の怖さ

最近、オン、オフがはっきり分かれるようになった。薬が切れると途端に『すくみ』『無動』状態になる。足を出そうとしてもガクガクするばかりである。また、薬が効いている時でもバランスを失って転びそうになる。6日前に受診したのでドクターに言った。「薬を変えてみましょう」それで去年発売された薬に変えることになった。現在飲んでいる薬と同じ系統の薬(非麦角でD2受容体に働く)である。そんなに心配することもないだろうと思った。薬を変える時は入院することになっている。しかし、様々な事情のためそれは出来ない。それで通院しながら変えることにしてもらった。

ドーパミンが不足するために起こる病である。主の薬は『L-ドーパ』、今度変える薬は受容体に働く薬(アゴニスト)だ。Lドーパの働きを補助する薬である。アゴニストを服用することにより全体の底上げを図るのである。今までも何度か変更してきたが、それほど大きな副作用はなかった。そんなこともあって薬の持つ怖さを軽視していた。翌日から新しい薬を飲み始めた。

朝、昼、夕食後3回の服用になっている。1日目あまり効いたような気がしない。夜になってもなかなか効いてこない。徐々に効いてくるのだろうと思った。2日目、朝食後に飲んだ時、身体全体が痺れたようになった。動きも悪い。昼食後に飲んだ。朝と同じようになった。きつい薬だから・・・そのうち馴染んでくるだろう。三日目、身体の動きが悪い。新しく処方された薬はなかなか効いてこない。夜、ますます動きが悪くなる。仕方なくドーパ剤を飲む。それで何とか動けるようになった。

三日目、新しい薬はまだ効いてこない、飲むと身体全体が痺れる。振るえもかなり顕著になってきた。おかしい、何かいつもと違うと思いつつ夕食後の薬を飲んだ。しばらくすると全身がブルブル、ガクガクしだした。そうなると全く動けない。全身の痺れも酷くなった。母に手伝ってもらい、悪戦苦闘しながらトイレに行った。トイレで四苦八苦しながら、以前入院していた時に使っていた『紙パンツに替えた。』それからベッドに入るまでの何と大変な・・・・・全く身体に力が入らないのだ。2時間ほどウトウトしたのみでまんじりともせず、朝のくるのを待った。尿意を覚えたが動けないのだから・・・紙パンツをはいていて正解。(最近のは濡れても気持ち悪くはない、表面はサラッとしている。)

8時半にドクターに電話をいれる。「合わないんだ、元飲んでいた薬ありますか?それを飲んでください。」4日分残っている。「それを飲んで28日に来てください。」言われたとおりに元の薬を飲んだ。しばらくすると動けるようになっていた。私は薬の持つ怖さを改めて実感した。薬を甘くみていた自分を反省。その薬の品名は『レキップ』という。

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2008年11月 6日 (木)

頑張るなかれ

ー叔母のことー

10月末、母と二泊三日の旅に出た。目的は息子夫婦と孫と、馬に会うためである。もうひとつは叔母を見舞うためであった。叔母は母より5歳年下の75歳、アルツハイマー病と診断され、現在は施設に入っている。

10年くらい前頃から時々「物忘れ」をするようになった。その後も段々症状は進み家族だけで見るのは、限界となり8月頃に入所した。と長男のお嫁さんが話してくれた。施設に着き案内されたロビーに座っていた。一瞬私はどの人が叔母なのか分からなかった。それほど叔母は変わっていた。椅子に座っている叔母を見た時「叔母さんは頑張り過ぎたのだ」と思った。定量以上の電力が流れると電気は切れてしまう。電池がなくなり切れたような・・・。

叔母は結婚した途端から、一人で何役もこなさなければならなかった。(結婚した相手は開業医であった。)診療所の手伝い、家事、育児、姑さんの介護などなど・・・。叔母はそれらすべてを一人でこなしていた。時間に追われながら一生懸命に愚直なまでに頑張り続け、走り続けてきた。やがて子供も大きくなり(姑さんは結婚6年目に亡くなっていた。)少し自分の時間が持てるようになった。

しかし、今度は舅がおかしくなりだした。壮絶な介護の始まりであった。叔母は舅が引き起こす出来事に一つ一つ正面から立ち向かっていた。それがどれほど大変なことか、叔母の歌集『三机の海』の中で舅のことが詠まれている。

『三机の海』より

・そんなにもお金が好きなら山羊のように1万円札ムシャムシャ食べておしまひ

・徘徊の舅の名札見し少年が「相手してます」と電話をくれぬ

・徘徊を遂に始めし舅哀し体力まさに40、50

・惚けゆく舅を哀れに思へども巻き込まれゆくわれも哀しき

・百歳の記念の品を頂きてやをら逝きたり99歳の舅

15年余りにわたる介護の日々は終わった。この後くらいから叔母の様子が少しずつ変化していった。もっとチャランポランとしていたらよかったのかも知れない。しかし、自身持っている性格がそれを良しとしなかったのだろう。

介護は(痴呆症は特に)ゴールの見えないマラソンのようなものだと思う。いつ果てるともわからない。だから頑張ってはいけない。最低限のことだけしていれば後は何をしようと放っておく。介護する人が先にダウンしてしまう例もある。他人から何と言われようと「頑張らないで」欲しい。叔母を見ながら思った。

帰る前に叔母に言った。「もう、頑張らなくてもいいよ。」叔母はつぶやくように言った。「堕ちてしまった。失うものはもうない。」「じゃ、もうコワいものはないよね」叔母は頷いた。

『三机の海』より

・「頑張れ」の言葉はびこるこの国の残酷さには誰も気付かぬ

・「無理せんとあんたもぼちぼちおやりやす」言はれてうれし「ほんまやそうする」

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