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2008年12月の記事

2008年12月23日 (火)

良い時は短い

ー山あり谷ありー

1日中薬が切れずにいることは、なかなか難しい。この間そんな奇跡のような日があった。花丸をあげた、翌日もまあまあの状態、その翌日もまあまあ・・・うれしくてつい調子にのってしまった。動き過ぎ薬の服用時間がずれてしまった。時既に遅し・・・。谷間に陥ってしまう。あーあ、良い時は短い。痛みをこらえながら調子のよくなるのを、ただひたすら耐えて待つのみ。

・大切なのはどんな人間であるか「だけ」

・すべては一人一人の人間にかかっている。

・どれだけ全うされているか。 V・Eフランクル著「それでも人生にイエスと言う」より

・名を惜しむー現代日本に最も欠けている。

・苦しみの正体を見極めない限り苦しみは繰り返す。

・苦しみを苦しみでなくする唯一の方法。→あれこれの外的な事柄に動じることのない不動の自己を保つこと。 池田晶子著『考える日々』より

・自分一人で生きてきたつもりでも、実はどれほど多くの配慮と、許しと助けが自分の上に注がれてきたか・・・。

・苦しみというものは人間が始めて人間の生の条件を自覚する契機となる。 神谷美恵子著『人間を見つめて』より

今年はこれで終わりとします。訪問くださった皆様、(拙ブログですが)有難うございました。よいお年を!

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2008年12月17日 (水)

花丸をあげたい日

11月末、薬を変更した時の顛末は先に書いたが、心配された症状の悪化もなくホッとしている今日この頃。12月に入ってから、ある程度のオフ減少は見られるものの体調は、比較的安定していた。いつも同じ時間に薬を飲んでいても、効きが悪かったり良かったりするのである。人間は毎日変わりがないように見えても、自分が気がついてないだけで、日々体調は変化しているのだと・・・・・この病になって感ずるようになった。

その日は、全てのことがよかったのだろう。便秘もなし、食べたものと薬の相性もよかったのだろう。前の晩に睡眠も取れていたのだろう。薬を飲む時間もピッタリと合ったのだろう、動きにつれて減少するドーパ剤の量も運動量を超えなかったのだろう。とにかく全てにおいて好条件が重なったのだろう。

朝7時半に起きてから、夜11時に寝るまで薬が切れなかったのである。このようなことは病になって以来初めてであった。病になる前はこんな事は当たり前だと思っていた。考えにも浮かばなかった。無意識に動いていたのである。自由に動けなくなって始めて、人間の身体の精巧さに思い至った。こんなにも楽に動いていられたのだと・・・。指1本動かすのさえ様々な箇所がうまく協調しなければ動かせない。こんなにも凄いことが出来る人間を作ったのは、誰の意思なのであろう。単なる進化論だけで論じられない様な気がする。

12月11日、記録紙に赤色で花丸を描いた。

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