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2009年2月の記事

2009年2月24日 (火)

すくみ

ー意思と身体ー

ここのところ、すくみがよく起こる。今までも時々出ていたが薬が切れている時とか、不足している時に起こることが多かった。ところが最近のすくみは質が悪い。効いている時にも起こるのである。オンの時に起こる『すくみ』はやっかいなのだ。病気が進行する時に起こってくる。とか・・・。アリャリャリャ・・・困ったもんだ。進む病だから当然といえば当然なのだと思うものの・・・。

今朝から薬の服用法を変えてみている。(医師の処方量は守っている)1回に服用する量とか、時間とか調節しているのである。ここずっと1日、7回(2~3時間おき)でまあまあ調子よかった。順調な進行ぶりに複雑な思い。家の中でたった1m移動するのに10~15分近くかかる時もある。待てない時は膝をつき、いざっていく。それも難しい時は四つんばいになる。元はといえば我々の祖先もこんな時代を経て二本足であるくようになった。と思えば・・・腰痛は二本足であるくようになってから出現したのだ。そう考えると四つんばいも思ったほど悪くない。(最近、腰の痛みをあまり感じないのはそのせいかも・・・?)ついでに手と膝にダスキンモップ様のサポーターをつければ、拭き掃除の手間が省けるではないか!なかなか良いアイデアだと思うが如何なものであろう。母に言うと少しだけ笑ったような顔で歯切れ悪い口調で「そーうねえ、それもいいかもー?」と言った。

昔から「転んでもただでは起きない」という言葉があったが、私はどちらかと言えば「転んだとてただで起きる」性格であった。劣等感が強く消極的で言いたいことも言えない子供であった。(現在も基本的には変わっていないと思うが)しかし、齢50年以上も生きていると、生活の知恵、対人関係の構築などにおいて少しは、言うようになった。「沈黙は金」ではない。何事においてもどのような場面でも自分の意見を言う。言わないということは卑怯な態度ではないか。と思う。新聞の投書にしても何においてもまず、自分の名を名のる、信条を言う。そうでなければ同意するにも、反論しようにも相手が見えないことにはしようがないではないか。本当にいつもそうであったかどうか?分からないが武家政治の時代は、事を起こす時にまず己自身の名をなのり、○○○いう理由により成敗いたす。と前口上を言っていたのでは・・・?ないか。

話が横道にそれてしまった。それにしても自分の意思が思うように通じないこの身体は?どうしたものか?少々持て余している。平面を歩こうとするときにすくみは起こる。階段にくるとスースーと上がることが出来る。平面を歩こうとする時階段をイメージしてみるが、だめである。こうなれば家の中じゅう階段をつけようか?と思ったりしているきょうこの頃であるが・・・。10日前に植えたパセリの苗、またしても猫にやられてしまった。網をかけていたのに・・・ああーいまいましい猫め!何故苗にけものへんでネコと読むのだろう。

それにしても、動けないのは辛い。動こうとすると足がガクガクするばかりでトイレに行くのも一苦労である。もう、このままお昼までトイレに座っていたいような気分ではある。

食欲は人並みに(それ以上か?)あるのだけれど、動けない時間が多くなるとますますお腹ポッコリ、はいメタボ状態になるかも知れない。これ以上ウエストが大きくなると、穿くズボンがなくなる。現在上のボタンを外して履いているけれど・・・総ゴム製のズボンに替えなくては・・・。「すくみ」が多くなるにつれて「くすみ」がひどくなってくるのは何か関係あるのだろうか?神様、仏様、アラーの神様、八百万の神様、何とかなりません?か?

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2009年2月19日 (木)

背景を一新

昨日、背景を一新しました。他家に間違って入ってしまったと思わないで下さい。

気分転換を図ろうと思いましたゆえです。あまり度々変えないほうが良いのかもしrませんが・・・。このところ気分が落ち込むようなことが多々ありました。せめてブログの背景を明るいものにしようと思いました。でも少し明るくなり過ぎたかも・・・・・。まっ、いいか!!

それにしても、このごろの国会議員の質の悪さには、怒りを通り越して呆れるばかりです。アメリカの国務長官になったヒラリー・クリントンさん来日の真のねらいは何であったのか?分かりませんが、日本の政治のドタバタぶりにさぞかし呆れていたことでしょう。

安部晋一郎、福田康夫、麻生太郎、中川昭一、みんな2世議員である。何の苦労もなく育ち、親の地盤をそのまま受け継ぎ、議員となった人間ばかりである。このような人たちに我々庶民の気持ちは分からない。当然だろう。それは彼らの責任だけではない。そのような、日本語もろくに読めないような人や、世界経済会議後の記者会見で酔眼朦朧として頓珍漢な答えを(答えにもなっていない)する人を選んでのは、他でもない我々なのである。

私たちが意思を示せるのは、選挙とデモくらいしかない。今度の選挙では”自民党政治”にキッパリと見切りをつけなければ、高齢者、障害者などは今よりももっと厳しい生活を強いられるようになると思う。民主党も今ひとつではあるが・・・とにかくチェンジすることが肝要ではないかと思う。

政府や議員を批判することは誰でも出来るが、自分自身で招いたことという思いを自覚したうえでなされるべきと思う。結局問われているのは私たちなのだ。今度の選挙で現内閣を一新したいものである。

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2009年2月 4日 (水)

どちらが辛い?

我が家から車で5分くらい行った所に、私と同じ病の方がいる。Fさんという女性の方で年齢は私よりも2~3歳上だろう。病歴は私よりも長い。(私の病歴は13年)重症度は・・・?(聞いたことなかった。)多分、私と同じヤール3度くらいではないかと思う。Fさんは今でも車を運転している。私は5年ほど前に運転免許証を返した。もし運転中に眠たくなったり、急にオフ現象が起こったり、ブレーキを踏むのが遅くなって・・・事故を起こしてから後悔したくない。それで思い切って運転をやめた。(経済的観点から考えても、必要な時にタクシーを利用するほうが安心できる。)車がなくなってから、不便になったような気がした。だが車のない気楽さのほうが大きかった。

Fさんは時々、我が家に寄ってくれる。友の会のお世話や、リハビリや、趣味など忙しそうである。Fさんは我が家に寄ってくれて色々な情報を教えてくれる。それだけではなく時には美味しそうで新鮮な魚を持ってきてくれたりする。おかげで浦島太郎にならないでいられる。Fさんは杖をついて歩いている。少し身体が右に傾いているので胴から腰あたりがいつも痛いという。そして「あなたはオンとオフがはっきりしているからいいねえ・・・。」という。そして私がお盆にお茶をのせて持っていくと「私はそういう行動ができないのよ」という。私はオフがないFさんが羨ましかったのである。それで「さー?どちらがいいのかねえ?少々腰が痛くてもオフがない方がいいような気がする。」と言った。

パーキンソン病は一人一人の症状が違うと言われている。(何故このように違うのか?他の病・・・例えば肺炎なら・・・一人一人を厳密にみれば全く同じでないかも知れないが・・・)ある程度同じパターンをたどって治っていく)Fさんはオンとオフとの境界がハッキリしないで、終日辛そうにしている。しかし、私のように「すくみ」や、「無動」、「振戦」はほとんどない。薬を飲んでも効いているのかいないのか?シャッキリしない。」と言う。私のようにオフの時間があっても、薬を飲めばスッースッーと動けるのが、羨ましいと・・・。無動、すくみ、振るえがあってもスースーと動ける時間があるほうがいいのか?終日ごそごそと動けるほうがいいのか?最後は「いずれにしても難儀な病であるね。」と・・・。

どちらが辛い?と比べることは出来ないだろう。どんな病でも、軽い糖尿病で食事制限されている人でも、食べることが唯一の楽しみだった人にとっては、食事制限されることは苦痛であろう。ALSで寝たきりになって何ひとつ自分で出来ない人であっても、辛さを克服しているかもしれない。問われるべきはどんな人間であるか?ということではないだろうか。その人自身が持っている「精神の質」がどのようであるかということではないか?なすべきことを成し愛せるだけ愛することが、個人に課せられているのではないか?と思ったりする今日この頃である。

我のなすべきことは何なりしや?病は辛いが折角頂いたものだ、無駄には出来ない。

最近、血圧が激しく乱高下している。朝、200近くあると思えば、昼は123、夜又高くなっていたり・・・。母の行っているドクターに話し、薬を処方してもらう。しかし、薬に関係なく上がったり、下がったり・・・これは何かしら?自律神経?操縦不可状態。ジェットコースターみたい。

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