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2009年4月23日 (木)

移りゆく・・・自然

 「水ぬるみ桜前線北上す」

桜の花が散り、つつじの咲く季節になった。太陽がサンサンとふりそそいでいる。こんな時は家の中にじっとしていられない。日焼けなんて気にしないで外に飛び出していく。最初に草取りをする。雑草は抜いても抜いても生えてくる。(雑草という草はない。どれにも名があるのであろうが、知らないからひとくくりに雑草と呼んでいる。)根くらべである。少し手を抜くと瞬く間にはびこる。散歩をしているとコンクリートからも沢山の草花があちこちに生えている。それらの草花を見るたびに「よく、頑張っているねー。」と思う。山の方からは鶯の声が聞こえてくる。鳴き方もずいぶん上手になっている。最初は「ホーホケッホケッホケッ」と聞こえていた。今は「ホーーホケキョッ、ホーーホケキョッ」鳴いている方向に目をやれば山は淡い黄緑色に変わっている。全山若葉だ。やがて間もなく「鮮やかな緑」に変わっていくだろう。

人間がいくらウロウロ、オロオロしようと自然は、そんな人間界のことなど置き去りにして、時が来れば芽を出し、花をつけ、種を作り、次世代に命をつないでゆく。黙々と繁茂していく。なぜ、人間は争うことを繰り返すのだろう。今、1冊の本を読んでいる。人間とは(自分は)どこまで残酷になれるのだろう?数ページ読んでは本を閉じる。怖い本である。しかし、人間の(自分の)ことを知るためにも読まなければいけない本だと思う。読む義務がある(ような気がする本である)しかし、なかなか前に進めない。それは自分の中にも同じものを抱えていると思うから・・・である。

その本はツナミンさんのブログで紹介されていたものです。興味のある方はどうぞ。(読むべきと書こうと思ったけれど、他人事としか思えない人が読んでも時間の無駄になるだけと・・・。思い上記のように書きました。)

 http://blog.goo.ne.jp/tsunamin_2009

      Desperado  出口がなければ穴を掘れ

    『沈黙を破る』 土井敏邦著

ちなみに、最初に書いた俳句もどきは、季語が二つ重なっているので添削指導されるとしたら「季語重なりはご法度です。」とバツ印をつけられること必至。

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