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2009年10月28日 (水)

どちらが辛い?-17日間の入院ー

入院をすることになった。かなり前から少しずつ日内変動が多くなり最近になってオン、オフの入れ替わりが頻繁になっていた。薬が切れるとすくみも酷く、完全無動状態になる。それも最近急に悪化してきたのである。今まで薬効持続時間が短い時で2時間、長く持てば3時間。悪いながらもそれなりに安定していた。オフ状態になっても薬を飲めば20分~30分すれば効いてくるのだから慌てることもなかった。主治医であるODrも「薬に対する反応はいいです。」と言っていた。しかし反応が鈍くなってきたのだ。少しオロッとした。それで薬の変更をお願いすると、意外にも簡単に「いいですよ。」と。但し薬を変える場合は入院をしなければいけないことになっている。何が起こるか分からないというのがその理由であった。

母をショートステイに預かってもらう手続きをさっそくとった。契約は2週間である。場合によっては延長も可能だということなのでありがたかった。母は行くまで「一人で家にいる。」と渋っていたが利用している、ホームヘルプセンターのチーフと、ケアマネージャーさんに話してもらった。「お母さんが一人でいると娘さんが安心して入院出来ない、お母さんのことを心配しながら薬を飲んでいたら効く薬も効かんようになる。」と。それを聞いてやっと納得してくれたのだった。

やれやれと思ったのも束の間、それから行くまでの間に何度同じことを聞かれ、鞄を点検しただろう。持っていくものを一緒に確かめながら鞄をつめていき、「これで全部揃ったから、心配しなくてもいいからね。」と言う。「わかったよ、ありがとう。」30分ほどすると、「タオルはいれた?」確かめる。30分後「パジャマはいれてある?」確かめる。30分後「石鹸は?・・・」「スリッパは?」最後には面倒になって「自分で見てよ。」とつっけんどんにいってしまった。心配症の母は鞄を開けて中の物を確かめる。寝る時を除いて行くまで続いた。

当日母はショートステイから迎えが来る。私はNPO法人に「送り」と「荷物運び」を頼んでvいた。NPO法人の人が迎えに来てくれた時は自分の荷物がまだつめていなかった。急いでその辺りに出したまま散らばっていた自分の持っていく物を手当たり次第に鞄と袋に詰めて病院にきたのであった。

入院の手続きをすませ案内された病棟は『周産期センター』6F病棟であった。2年10カ月前に『40時間無動』で入院した時は、救命救急センターのある棟で「脳神経外科」との混合であった。6F病棟は救命救急センター棟より後に出来たため建物もきれいで何よりも静かであった。窓からはお城も見えていた。考えてみればありがたいことである。入院費用もほとんどかからないのにこんな眺めのよい部屋に入れて、しかも食事代もかからないのである。(母のショートステイの費用もケアマネージャーさんが減額措置をとってくれていた。)4人部屋だ。挨拶をして荷物を片付け始める。パジャマの上下がバラバラ、箸がない、既読済みの本が2冊、スリッパがない(リハビリ用に持っていったスポーツシューズで済ませることにする。箸は割りばしを売店で買って使い捨てにすることにした。それとジャージのズボンを1枚買うことにした。)母がいつもつけている家計簿が入っていた!!(母が自分が持っていく鞄と勘違いしたのであろう。夏のパジャマが入っていたのは事前に気がついて出した。看護師さんが次々とやってくる。「これにサインを」「血圧を測ります」「身長、体重を」「30分後胸部X線撮影と、心電図をとりにいきます。」急いで入院に必要のないものを椅子にもなる箱の中に放り込む。こうして入院生活が始まった。

私以外の3人は糖尿病患者さんだ。血糖値の自己管理を勉強するための教育入院である。60代、70代、80代であった。こんなに高齢になってからの勉強は大変だろうなと思った。出来るのだろうか。私が心配しても仕方ない、人のことより自分のことを考えなくては・・・。変更するのはビシフロールである。同じ非麦角系のアゴニスト薬「レキップ」に変えるのである。ビシフロールは良く効くが眼に副作用が現れることもあるらしい。このところなんだか眼が変なのである、副作用かどうかわからないがぼやけてみえるし、月をみるとリングがかかったように見えるのである。老眼だというには少し違うような感覚である。持続時間が短くなったのを機にレキップに変えてもらおうと思ったのである。

結果は、私の身体は『レキップ』を受け付けなかったのである。維持量を増やしていくたびに動けなくなっていった。12mgになったところが限界であった。まったく動けなくなったのは8日目の晩であった。動かそうと少し力をいれると振るえる、一睡も出来ず朝を迎えた。「もうやめます!!」と叫ぶように言った。ビシフロールを3錠飲んで20分。ようやく起き上がることができた。それを見た同室の3女「あれれれれっ!!魔法をみているような!それにしても薬はこわいなー。」

1日おいて「コムタン」を服用するようになった。日毎に持続時間が延びていく、3女いわく「薬は怖いけれどすごいな~!!!」ダンスを踊ると「動けんように演技してたの?」「不思議な病気じゃなー」「本当に病気なんかな?」と言ったり、何ともかしましい。退院近くなると3女の1人が「あんたは何でも好きな物を食べられていいねえ、うらやましい。」と言い出した。続けて「私ら、朝でも小さなパン1個、ジャムもマーガリンもついていない。リンゴはたった8分の1切れ。何でも食べられるあんたがうらやましい。」

心の中でつぶやいた。「あなたたちは今までさんざん、大層な御馳走を食べ過ぎたから糖尿病になったのでしょう。と。その言葉を飲み込んで私は言った。「あななたちは好きな時にどこにでも行くことが出来る。自由にどこにでも歩いていける、思うように身体を動かせることが出来ていいですね。うらやましい。」と。

以前、近くに住んでいる同病のTさんとの会話を思い出した。彼女は若年性パーキンソン病で20年以上の病歴を持っていた。(私より2~3歳年上)Tさんが私に言った。「あなたはオンとオフがはっきりしていていいね。」と。私は驚いた。私から見ればオフもなく、振戦もないTさんがうらやましかった。手が振るえないから車の運転もしている。私はもうかなり前に免許証を返し、車も処分した。そのことを言うとTさんは言った。「何の病であれ、どちらが辛いかなんて比べられないよね。本人が辛いと思えば辛いのでしょう。」

私は同室の3女に言った。「ごめんなさい。食べたくても食べられない。好きな物が食べられないのは、食べることが大好きな人にとっては、本当に辛い事だと思います。糖尿病を軽くみていましたが、侮れない病と皆さんを見ていて思いました。とても勉強になりました。」といった。

レキップが合わなかったため、入院が3日間のびた。そのことを母に電話する。「いいよ」との返事に安堵する。急激に体調が悪化したのは、母の認知症が進んできたことと関連していると思う。精神的なストレスということである。(このことについては「介護byゆうこ」に書くつもり)コムタンも今のところまずまずである。少しずつ持続時間が延びている。それで21日に退院することになった。

退院前日、主治医から諸検査の説明があった。LDL(悪玉)コレステロール値が少し高いことと、軽い食道炎以外は特に異常ないとのことであった。「レキップは合いませんでしたね。残念です。」と言うと「でもビシフロールが好いということが分かったからよかったでしょう。」と言われた。そうなのだ、ビシフロールの持つ力を再認識出来たことは一つの収穫であった。新しい薬を飲むのは正に”かけ”である、長と出るか半と出るかはやってみなければ分からない。

2601号室、全員が21日昼過ぎに退院することになった。20日の夕食後、3女達は口頭試問形式で学習内容をどれくらい理解しているか、聞かれていた。病の大まかなところは分かっているようであったが、学習したことの細かなところはIさん以外はほとんど答えられなかった。みんな終わった時、Iさんが言った「うちら、糖尿病教室開設以来の落ちこぼれ3バカトリオやね。」すかさず、Eさんが「3バカトリオじゃなくて、3婆婆トリオじゃ!」と言った。部屋中が笑いで満たされた。学習能力は年齢的に???であった3女(婆婆)しかし、現実の生活では、このように生き生きとしたトンチの利いた会話が出来るのだ。何とも愛すべき3女さん達であった。

私は病歴14年、今年8月9日から15年目に入った。病歴20年、30年、40年という長い病歴の人から見ると私はまだ序2段くらいだろうと思う。総回診の時、部長先生から「DBSについてどう考えていますか?」と聞かれた。私は答えた「薬でコントロールできる出来る限り薬で対応していきたい。DBSは今のところ受けるつもりは全くありません。それよりも、G医科大学で第1回目が行われた「遺伝子治療」のほうに期待しています。幸い主治医の先生はG医科大学御出身ですから、窓口はいつでも準備されていると思いますので」

O・Dr「Yさんは日内変動がかなり見られますが、今の所薬に対する反応は良いので調整すればある程度楽になると思います。」

部長「そう、でも遺伝子治療が人に適用され、簡単に治療を受けることが出来るようになるには、道のりはまだ長いよ。薬ではオン、オフを失くする事は望めない、どこまで底上げ出来るかということですね。頑張ってください。}

「はい、明日を信じて明るく、しかし、頑張り過ぎるとすぐドーパミンがなくなってしまいますので、程々に頑張っていきます。」と心の中で返事をした。

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