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2009年12月の記事

2009年12月30日 (水)

感謝

今年も残すところあと1日になった。25時間ほどで2010年(H22)になる。お正月といっても何ということもない。月の周りを地球が1週しただけである。なんて言ってしまえばにべもないが・・・。今年1年、色々なことがあったような、特にこれといったこともなかったような・・・考え過ぎればあるが、気にしなければないということだろう。しかし、病の進行は確実に進んでいる。さいきん薬が切れれば全く動けなくなってきた。睡眠効果もなくなった。

これって順調に進行しているのだろうか?私より少し病歴の長いFさんは、少し前から歩けなくなって車椅子になった。しかし、手の振るえはないので車を運転している。病が進むと足にくるのだろうか?そういえば足のすくみも酷くなったような・・・。ああーこんなことばかり考えていたのではいけない。1度切の人生クヨクヨしたり嘆いても仕方ない。明るく笑っていこう。

ひょっこりひょうたん島的精神でいこう。「波をチャプチャプかきわけてひょうたん島はどこへ行くどこへ行く。丸い地球の水平線の向こうに何かが待っている。苦しいこともあるだろうさ、悲しいこともあるだろうさ、だけど泣くのは嫌だ笑っちゃおう。進めひょこっりひょうたん島  〃 」

薬の効く時間短くなり、新しい記事をアップすることがなかなか出来なかった。にも関わらず訪問して下さった方々、どうもありがとうございました。拙プログですみません。改めてお礼を申しあげます。来年は少なくても内容の濃い記事が書けるよう努めるつもりです。自分自身の精神的向上を図らなければ、なんぼ書いても駄文になってしまうでしょう。内容の伴わない記事を書くくらいなら、止めたほうがいいかもしれません。言葉の羅列だけでは虚しい。言うことなら何でも言える、大切なのはどのように実行するかだと思う。言うは易し行うは難しである。

”有言不実行”でなく、”有言実行”か、”不言実行”、一番良くないのが”不言不実行”だ。こんな当たり前のこといちいち言わなくてもいいのだ。私はいらぬことを書き(言い)過ぎる。自家撞着に陥らぬように気をつける必要あり。

年明けや何事なければ良しとする

吾が振るえ病か寒いかどちらかな

痛むなりいつまで続くぬかるみぞ

呻きながら好きにしてと言う他はなしと牧師のいう

こんなにも痛みに弱い自分かな

痛みとは思考力をも奪うなり

もうあかん尿でそう足がでんわ

内容の濃い記事を書くと言ったにも関わらず・・・・・どうも先が思いやられます。

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2009年12月14日 (月)

いつのまにか・・・。

コムタンの事であれこれあり、とうとう11月は記事をアップすることが出来なかった。

改めて、薬の有難さと怖さを感じている。現在の自分は薬中毒者と似たようなものである。薬が切れると手が振るえ出し、身体は無動状態になる。足を前に出そうとしてもすくんで出ない。しかし以前のように慌てることはない。薬に対する反応は良いのだ。早ければ20分~30分すれば効いてくるからである。ただ効く時間が短くなったことは確かである。それで、コムタンを服用することになったのであるが・・・・・。ドクターはこの薬は合う人と合わない人がハッキリ分かれていく傾向があります。私の身体は薬を受け付けなかった。中止することになったが、急に止めて何か影響はでないかと心配であったが、コムタンの副作用と思われる全身の激しい痺れと心臓の苦しさをと、まったく動けない状況から一刻も早く抜け出したいとの思いから、早速コムタンを中止した。それから1カ月、やっと以前の体調まで復調してきた。全く動けない状態に陥っていた身体は長年飲んでいたビ・シフロールを服用すると、ものの見事に30分後動けるようになったのである。本当に有難かった。ビ・シフロールさま有難うという思いがした。同室の方たち(糖尿病の勉強にきている)は、突然、起き上がってスタスタと歩いてトイレに行く私の姿を見て、狐につままれたような顔をしていた。

そんなこんなで気がつくともう、いつのまにか暦は12月になっていた。11月30日は私の○○回目の誕生日であったが・・・母に言われるまで気がつかなかった。ついに代が変わってしまった。いつのまにこんな時が経ったのだろうと思う。発病してから15年になった。パーキンソン病と宣告を受けた時はまだ40代であった。よくここまでこれたと思う。進行の遅い病とはいえ、年々病は進んでいく。10年持てば何とか治療法も見つかるだろうと思った。しかし15年経った今でも確たる原因はわかっていない。だから当然だあるが治療法も確立していない。対症療法だけである。新しく開発された薬はいくつかあるが、どれも対症療法の薬だ。遺伝子治療も試みられているが、実用化されるには最低でも10年はかかるとか。脳深部刺激術という、小さい小さい針を脳の中に入れて電流を流す方法もできているが、根治的な治療法ではない。

だが明日のことは誰もわからない。1ヶ月後に画期的な治療法が見つかるかもしれない。5年、10年経っても現状とあまり変わっていないかもしれない。誰もどうなるかなどわからないのである。分からないのだから分からないことが分かったと発表されるまでは信じて生きていかねばならない。例えどんなに辛くても泣いてちゃいけない。今生かされているのは?まだ何かなすことがあるということと信じる。唯一でただ1度きりの人生なのだ。クヨクヨしながら生きるより(痛みで顔が歪みそうな時でも)笑い飛ばして明るく生きるのみ。居直り、開き直り、笑いとばして歩いてゆこうと思う今日この頃・・・。もうすぐ冬至がくる。中国の暦では1年の始まりは冬至からとなっているそうだ。

「いくつになっても今日は新しいスタートのとき」

友がくれた絵手紙にかいてあった言葉。とても良い言葉だ、気にいっている。

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