久しぶりに投稿
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連日暑い日が続いている。母のいるグループホームは光熱費として12000円とっている。各部屋には一応エアコンが設置されている。しかし1度もついているのを見たことがない。室外機の並んでいる横を通って行くから分かる。先日も(最高気温33度)ついていなかった。小さい窓しかない母の部屋に(南東向き)入るとムッとして蒸し風呂状態であった。 近くにいた若い職員に「クーラーをつけてください」と言った。(部屋にはリモコンが置いていない)すると「寝る前しかつけないようになっています」の返事。前回行ったとき、サブの人は「言ってくれればいつでもつけます」と言ったのである。日中の最高気温が33度もある時にエアコンをつけないとは・・・何も言えない入居者がほとんどである。熱中症にならないか?心配だ。母の言うには「夜もつけたことない」とのこと。恐らく母の言う通りだと思う。 これでは部屋にいられない。仕方ないから食堂に行っていると言う。そこで手紙を書いたりするそうである。何の為に個室にしているのか?老人をだしに金儲けをしているとしか思えない。7月21日の午後施設長から電話が入る。「うちはすることはちゃんとしています。不満なら退去して下さい」怒りがこみ上げてきた。人の足元をみて高慢な態度で言っている。自分の所に不備な点がいっぱいあるので私がけむたいのだろう。「私が行くと母が興奮する」とも言った。市にでも言われたりしたら『営業停止』になりかねない。そうなる前に切り捨てたいのかもしれない。卑劣である。この猛暑のなかで入居者は・・・。
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現在、私の母はグループホームに入っている。グループホームが始まったのはスゥェーデンである。初期の痴呆(認知症)の人を対象にして、痴呆の進行を抑止するということが最大の目的であった。その方法としては専門の教育を受けたスタッフが入居者とマンツーマンで接し、生活を共にしていく。一部屋の広さは最低15平方メートルで、以前の生活環境を保つため、使っていた家具や備品を置くことができる。プライバシーは充分に保てる。地域と自由に交流できる。自分の出来ることを(以前していたこと)行う。そうすることで自分の役割を自覚し、必要とされていると思うことが出来る。 まだ、自分は必要とされていると思える場合と、そうでない場合とでは痴呆の進行度が違ってくる。
現在、日本にグループホームがたくさん出来ているが、グループホームの本来の目的、在り方からかけ離れているホームがほとんどではないか。私の母は軽い記憶障害である。(近似記憶障害)それだけで他は普通なのである。最近、時々ホーム行くようになった。そのホームで見聞きしたことは、グループホームの本来の目的と大きくかけ離れたものであった。 少人数(10人)のため、他の人の出入りが少なくホームでどのようなことが行われているか?外からは見えにくい。福祉を利益の種にしている、金儲けの手段として老人を利用しているのである。こんなことは絶対容認できない。おかしいと思ったことを問うと、「うちのやり方に不満があるなら退所してくださいい」と電話がかかってきた。
ホームヘルプサービスの運営に携わっている友人に言うと「まともなのは2割くらい」という。嘆かわしく思うと共にそのようなところに入れられている母が哀れで涙が出そうになった。 自分の身体が元気なら母を引き取ってやりたい。それが出来ない自分の病。忸怩たる思い。ああー。母からはいつも「こんなところで死にたくない。」と悲痛な叫びが、電話のメッセージに入っている。 昨日、市の担当者に電話をして実情を話した。調査にいきましょうか?と言われたが、色々考えて断った。どうせおざなりな調査しか出来ないだろう。誰が市に言ったかはすぐわかる、そうなれば母に対する風当たりが強くなる可能性が出てくる。人質にとられているのrと同じなのだ。迂闊にことを運ぶことは出来ない。どうする?
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最近、痴呆のことを認知症と言うようになった。少し前までは『ボケ』そして『痴呆』今は認知症』いくら呼び名を変えてもボケは治らない。痴呆にはアルツハイマー型と血管型の2種類ある。アルツハイマー型痴呆は未だにハッキリとした原因が分らない。脳全体が萎縮していき何も出来なくなる。重度になると家族さえ分らなくなる。血管型の場合はいわゆる、まだら痴呆と呼ばれている。ボケている所としっかりしている所がはっきりしている。
痴呆のことを知らない人は、ボケれば何もかも分からなくなってしまうと思っている。しかし、そうではないのである。アルツハイマー型の痴呆になっても、人間としての感情まで失うことはない。御飯も自分で食べることが出来ない、排泄も出来ない、もっと酷くなれば自分の排泄した便さえ食べてしまうこともある。しかし人間としての感情機能は残っているのである。相手の感情を無視した扱いをすると、嫌な人という思いを持つのである。
どんなにボケても人間として相手の感情を大切にした接し方をするように心がける。よく言われることは『説得より納得を』ということである。例えば食事が済んだばかりなのに「まだ御飯を食べていない」と言われた場合。「さっき食べたでしょう」と否定的な言い方をしない。しつこく「たべたでしょう」と言っていると最期には怒り出す。そんな場合は「今、準備中です。とりあえずこれでも食べて待って下さい」と言って飴を渡す。などして気をそらす。とかする。本人が持っている虚構の世界を受け入れ、話をあわす。など、相手の感情を傷つけないよう配慮した対応が大切だと思う。
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