脳天気な日本人
ー品格のないマスコミ・痴呆新聞ー
私は「週刊誌」などの雑誌は買わないが、母が時々文藝春秋社から出ている週刊誌を買ってくることがある。週刊誌はテレビのワイドショーのようなものである。芸能人の誰それがどうしたとか、皇室がどうしたとか、どうでもいいようなことばかりが書かれている。読む気にもならないが、ひとつだけ例外の記事がある。それは『新聞不信』というコーナーだ。
4月17日号に掲載されていた記事を読んだ。「然り、然り、同感、同感、その通りである。」と、わたしの思っていたこと(書こうとしていた)をそのまま代弁してくれるような記事であった。
S・B、4月17日号『新聞不信』より
ーいろいろあるぜ、ボイコット法ー
北京オリンピックは、8月8日の開会式まで、4ヶ月を切った。「平和の祭典」は刻一刻と近づく。だが「チベット」「人権」が、重苦しい暗雲となって垂れ込めている。日本の新聞はチベットを忘れ、無邪気に五輪バンザイの紙面を作るつもりか?
興味を持って見ていると「毎日」の国際面に「四川省でまた暴動 中国」という見出しがあった。暴動とは「多くの者が集まって騒ぎを起こし、社会の秩序を乱す。不穏な行動」を指す。ははぁ、チベットの決起は暴動か。その線に読者を誘導する気だな、と納得した。1972年ミュンヘン五輪の最中に、パレスチナ・ゲリラが選手村の塀を破って侵入、イスラエル選手、役員の二人を射殺、九人を人質に取った。だが空港でドイツ警官隊と撃ち合いになり、選手全員とゲリラの多くが死んだ。翌朝、選手村の練習用グランドに世界中の選手が集まり、死者を悼んだ。日本選手だけは出ず、試合に備えて練習をしていた。なぜ出なかったと問われると「上から連絡がなかった」と答えた。連絡などなくても、選手仲間が殺されたのである。
日本の新聞は、オリンピックを「高校野球」にする。純真無垢、努力一筋。フェアのカタマリ。だが勝負に執念。チベットや近くの省にあったのは「暴動」ではない。見て判らないのか。彼らは自由のために戦って死んだのだ。五輪ボイコットの仕方は多種多様である。国として五輪全体を無視。開会式だけ出ない。選手各自の自由参加にする。個々の選手が自分ひとりでボイコットを宣言する。ポケットからダライ・ラマの写真を出して見せる。メダル授与のとき意思表示をする・・・いくらでもある。世界から来る選手の誰かが、このどれかを、きっとやる。日本の選手だけが「オリンピックを成功させよう」と一致団結、1列に並んで掲揚される校旗に感涙か?
高校野球の選手みたいに、五輪選手も練習の虫なのか?自由や人権を考えるヒマない子供か?上からの連絡を待つスポーツ・バカかおうか?新聞はなぜ選手を取材して、チベット問題をどう思うかと訊かないのだろう。彼らも考えているはずだ。
紙面が限られているためか舌足らずな文ではあるが、言わんとすることはよくわかる。もし、私が選手の一人ならば「毒入り餃子問題も解決していないのに・・・人権を平気で踏みにじるような国には行きたくない。ボイコットします。」と言う。


最近のコメント