2009年4月 9日 (木)

脳の能力

先日、NHKのある番組を見た。テーマは「介護」についてであったが、大きなテーマは「脳の持つ能力」についてであった。脳の血管に何らかの異常が起こりある部分の脳細胞が死滅する。身体には脳が損傷を受けた部位により後遺症が残る。番組では『左半身麻痺』の男性が登場していた。

緊急入院後、6ヶ月のリハビリをして何とか歩けるようになった。その時点で医者から「もうこれ以上改善の余地はない」と言われ退院した。しかし、一人では何も出来ないのである。奥さんはゆっくりとお風呂に入ることも出来ず、新聞もろくに読めない日が続き「介護」に疲れきっていた。2人ともストレスが溜まり、イライラし、どうしようもないほど険悪な雰囲気となっていった。

そこで奥さんは考えた。電話がかかってきても奥さんは出ないでご主人に出てもらう。衣服の着替えも首や袖口にリボンをつけ、着る人がわかりやすくするなどなど・・・。甘やかさないで自分で出来ることは時間がかかってもじっと見守る。できた時は思い切りほめてあげる。書くとたったこれだけのことと思うかもしれないが、根気強く、毎日毎日実践しなければならない。これはなかなか大変である。出来ないと思って諦めてしまえばそれまでである。『絶対、諦めない!』という強い気持ちと意思を持って、毎日続けていればできるようになるのである。

今までは「一度麻痺した手足(身体)はリハビリをしても元のように動くようにならない」と思われてきた。当時のリハビリに対する考え方は「残存機能の強化に重点を置く」という考え方が主流であった。私自身もそう思っていた。

進行性の病になって13年。遅々たる歩みだが確実に、1年単位で進んでいるのがわかる。それを示すようにこの1~2年、今まで出ていなかった「オン時のすくみ」が出るようになった。バランス感覚も極端に悪くなった、その影響だろうよく転ぶようになった。進行したのだと思うと心が揺れたが、今年の目標『何事にも動じることのない自己を確立する』『平常心を保つ』としていたので、人には「順調に進行しているようです。」と笑いながら言っていた。

3月末、ある難病患者の会に出席した。最初に自己紹介や近況報告をしていく。私はこう言った。「最近、よくすくむようになってきた。そんな時無理して歩いて転び、骨折するといけないので、4つんばいになって移動する。ついでに両手、両膝にモップ様の物をつけていれば、拭き掃除の手間が省ける。」と。第1部の会が終わって部屋に帰ると主催者のOさんが私に言った。「這ったりしてたらダメよ。強い気持ちと意思を持って自分は絶対寝たきりにならないぞ!立って歩くんだ!と思わなくては・・・。」「這っていたら脳がそれに慣れて歩けなくなり、やがて寝たきりになってしまうよ。」と言った。その後、自分で考えたという足腰の運動の実技指導をしてくれました。」「毎日、実践してごらん。すくんでも歩けるようになるから。自分も何年か前に、すくむようになった。どうやれば克服できるか色々考えてやってみた」と。

Oさんの話を聞いていた私は突然悟った。「これって、毎日繰り返すことでその動きを脳に覚えさせるのですね。」「そう、そう、そうなのよ!」とOさんは言った。先日、NHKで放送された番組「介護ーリハビリ」と、Oさんが私に伝えて下さった事は同じなのであった。

言葉が思うように出なかった男性は、かかってきた電話ではっきりと話をしていた。自分で着ることが出来なかった洋服も、比較的スムーズに着ている、歩行もしっかりしてきていた。男性の言語を司る脳細胞は壊れたままである。話をしている時に活発に働いていたのは、顔の表情を司る神経であった。”目からウロコガ落ちる”とはこのようなことをいうのだろう。本来、働かなければならない言語野が働かなくなれば、他の神経回路がその部分の働きを受け持ってくれるのである。脳は大きな代償機能という能力を持っているのである。しかし、その機能を働かせるには、諦めないで動かし続けることが必須なのである。

テレビに出ていた男性の奥さんが「これ以上改善することは望めない」と言われて、諦めていたなら多分今頃は寝たきりになっていたかもしれない。脳はまだ底知れぬ能力を秘めているような気がする。

今まで、常識と思われていたことももう一度、根底から解体して見直し、考え直してみる、いわゆる「ブレイク・スルー思考」に切り替えてみてはどうだろうか。介護に限らずあらゆる面において・・・。何か新しい事実や発見があるかもしれない。

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2009年2月17日 (火)

介護保険考

ー異常な制度ー

我が家は週2回、ホームヘルパーさんが来る。月曜日と木曜日の午前10時~12時までの2時間である。月曜日は母が対象、木曜日は私が対象となっている。ヘルパーさんは半年に1度変わる。今まで4人のヘルパーさんが来た。現在のヘルパーさんで5人目となる。とてもきちんとした人である。事業所で定められた規則もきちんと守って仕事をしている。今まで来たヘルパーさんと違って厳格に規則や時間を守る。これはこれで当然のことだけれど・・・。コインの裏と表のように裏返して考えれば、臨機応変な対応は出来ない。ということでもある。

最近、自宅から歩いて15分くらいの所に(さっさと歩けば12~13分)CO-OP直営のスーパーが出来た。今までは10分位のところにある小規模の個人的経営(?)スーパーに行っていた。しかし、客は少なく近くの老人などや我が家のように車もない人たちが主な利用者である。客は少ないため商品は回転率が悪く、魚や野菜は総じて鮮度が悪い。値段も高い。CO-OP直営のスーパーが出来ると聞いた時から心待ちにしていた。昨日2月16日、待ちに待った開店日。月曜日だからヘルパーさんと共に行ってみようと思っていた。

10時前にヘルパーさんがやってきた。私は「今日からお店をここに変えます。組合員証も作っている、新装開店時の割引券もあるし、『ピュアウォーター』も無料で利用できるし」と言った。今までは近くに適当なスーパーがなかったため、仕方なく、値段が高くて鮮度は低い物で我慢してきたけれど、今日からはもうそのスーパーにさようならよ。と言った。

私が言い終わると、落ち着いたいつもの冷静な声でヘルパーさんが言った。「買い物は自宅から一番近い所でしなければならないのです。」「・・・・・?」「現在利用している店は何とか30分以内で帰れますが、新しいスーパーは少し遠いので30分では無理でしょう。」私は言った。「今まで行っていた所より4~5分ほどの違いよ。行けないの?」「買い物は自宅から1番近い所に行くという規則になっています。」

反論しようと思ったが、ヘルパーさんは規則に忠実に従っているだけなのだ、言うべきは別のところ・・・介護保険を作り、改正し(改悪?)それを施策実行している大元締めだ。2000年に始まり、2005年に見直しをされ、2006年から適用されている介護保険は、利用者の求めるものと、サービスを提供する側と大きく乖離している。現実を全く反映していないとんでもない制度である。最初の理念など全く言葉だけの空疎な制度である。(家族介護の負担軽減、自律支援、選べるサービス、社会的な入院をなくすなどなどが謳われていた。)

今は、なるべく在宅で家族や地域の人たちの力で自助努力せよ。利用者のみのサポートを必要最低限(死なない程度に)に施しをしていればよい。と言っているように思えるのは私だけであろうか?『障害者自立支援法』は一律1割負担になっていたが・・・これでは生きていくことさえ難しいと、全国で提訴が相次ぎ、収入に応じた以前の利用料に戻すことになった。介護保険利用者も黙っていればますます、実情から離れた制度になっていくだろう。介護保険のもつ矛盾、問題を声を上げて言わなければと思う。

人は文化的で健康的に生きることが出来る。と書かれているではないか?日本国憲法に。アメリカ軍の基地移転に何千億円も出すお金があるなら(出す必要があるのか?)自国の福祉にもっと回せよ!!

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2009年1月11日 (日)

覚えられない。

ー記憶についてー

脳は数10兆個の細胞で出来ているそうだ。側頭葉のところに海馬というところがある。海馬は入ってきた情報を一時的に溜めておくという役割を果たしている。(短期記憶)そこを経て長期記憶が形成される。何らかの原因で海馬部分の細胞が消失すると、今のことが覚えられなくなる。そうなると長期記憶どころではなくなる。今したことや、聞いたこと、見たことが覚えられないのだから・・・大変である。周囲にいる人も大変だけれど、1番、大変なのは本人であろう。

目が見えないことも辛いだろう。(目はたくさんの情報が入ってくるところである。)耳が聞こえないことも、日常生活するうえでかなり不便なことがあるだろう。身体が自由に動かせないことも辛いことであろう。どれひとつ欠けても本人にとっては辛いことだと思う。たとえ指1本失ってもである。

先日、ご主人がアルツハイマー病になった夫婦が出ている番組を見た。東大を出て一流の会社に入った、エリートコースを歩んできた。その人がアルツハイマー病になった。その日常をドキュメントふうに撮影したものである。今、したことが覚えられない・・・記憶障害の症状が強く出ていた。奥さんが出かける時、食事の前に薬を飲むように紙に大きく書いてテーブルの上に貼り付けていた。その薬の横にお昼に食べるスパゲッティを置いていた。奥さんが出かけようとすると不安そうな表情を浮かべていた。一人になると「不安」なのか、ウロウロとしている様子が映っていた。手持ち無沙汰な様子・・・お昼を食べようとするが薬のことは忘れている。撮影スタッフが薬を先に飲むのでは?と言った。人間としての感情は今までとあまり変わっていない。しかし、『覚えられない』ということは、本人にとってかなり不安であると・・・いうことがTVを通じて伝わってきた。

『覚えられない』ということは、大変なことであると思った。日常生活において何気なくしていることが出来なくなるのである。私の母がすぐメモを取っているが、それでも何か忘れているようだと・・・食事をしていても、急に立ってカレンダーを見たりするのも「不安」になるからだろう。同じことを何度も聞くことも、財布を何度も見ることも、その基は「不安」からきているのだと思う。体の不自由なことも辛いけれど、「覚えられない」ということも本人にとっては辛い辛いことなのだと思う。

母が何度も同じ事を聞くのは、「覚えられない」からなのである。辛い思いをしている人に「何、してるの!」「さっきも言ったでしょう。」と言う言葉は言ってはならないのである。病気なのである、脳の記憶機能が不全に陥っているのである。「何度、言えば分かるの」とは間違っても言ってはならない言葉である。本人が自信をなくしてしまうか?怒りか・・・。そんな時、医者は『感情失禁』と言う。母が時々、怒りを爆発させるのは、覚えられない自分自身に腹を立てているのかもしれない。と思う。

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2008年12月22日 (月)

福祉の原点

ー介護保険・生活援助ー

人は誰しも健康でありたいと願っている。(健康の定義・ここでは「五体満足で自分で自分のことが出来ること、自分が行きたいところに自由に行けること」としておく。)身体が不自由になる原因は様々であろうが、なりたくてなった人はいない。(当然だが)私の場合、原因不明、治療法なし、進行する病、パーキンソン病である。重症度は5つにわけられている。(ヤール1~5)ヤール1、2までは日常生活においてあまり、支障を感じることはなかった。ヤール3度になってきた頃から、歩行障害が出てくるようになった。又、体のバランスも取りにくくなり、時々転ぶようになった。又、突然オフ状態になって動けなくなったり、すくむことも多くなった。薬の効く時間が短くなる、ウェアリング・オフ現象も見られるようになった。現在は1回の服用で2時間~2時間半の効果しかない。だから1日に7回~8回薬を飲む。

上記のようになってくると、一人で生活をしていくのは、かなり困難で大変である。何らかの援助がなければ・・・一人で生きていくのはよほどの覚悟と細心の注意が必要であろう。現在は母親と一緒に住んでいるが、自分一人になったらどうする?か考えてみた。住み慣れた家で可能な限り生活したいと思う。しかし、今以上に病が進んできたら・・・どうするか?できうれば自宅で過ごしたい。在宅生活を支える(t現在利用出来る)公の制度は今のところ『介護保険』しかない。39歳以下なら『障害者自立支援法』が利用できるが・・・この制度は介護保険よりも問題のある制度だと・・・思う。(注1)

2000年4月に始まった『介護保険制度』は5年ごとに見直しをすることになっていた。見直しをされた介護保険が2006年から実施されるようになった。それは最初の理念から全くかけ離れた制度になってしまっていた。見直しをするという行為は悪いところを良いように変えるために行われる。現在実施されている介護保険制度は改正でなく改悪されただけとしか思えない。

第22条  同居家族に対するサービス提供の禁止。指定介護予防介護訪問事業者は、その訪問介護先、特にその同居の家族である利用者に対する介護予防訪問介護の提供をさせてはならない。  

第40条  「自立支援」の観点から、利用者が可能な限り自ら家事を行うことが出来るよう配慮する。利用者の家族、地域の住民による自主的な取り組みなどに因る支援、他の福祉サービスの利用の可能性についても考慮しなければならない。

40条は簡単に言うならば、「自立支援」の観点から在宅で家族や、近所の人達の助けを借りて自助努力せよ。と言っているのである。介護保険を作るとき看板の一つに「介護の社会化」とあった。家族介護の負担を軽減すると・・・。40条は「介護の社会化」と対極の位置になっている。基本理念や介護保険法はそんなに軽いものなのだろうか?安易に変えないで欲しい。22条は、介護保険が利用出来るのは同居家族がいない、独居だけしか利用できないと言っているのである。

その他、財源不足を理由に露骨な、やり方で介護保険利用を制限しようとすることが行われている。要介護度1の人は要支援2、又は1に切り替えられた。その結果150~160万人が介護サービス利用できなくなった。生活援助でホームヘルプサービスを受ける場合、1時間と制限された。同居家族がいても日中独居の人のサービスはみとめられなくなった。

介護保険制度』で利用できる「生活援助」は、あくまでも介護利用者の日常生活のためのサービス。と書かれている。これは援助は利用者のみに限る、買い物なども最低限の食料品のみ。と言っているのである。援助はその人にのみ注ぐのでなければならないと・・・。老夫婦で生活している場合、奥さんがホームヘルプサービスを受けているので、掃除するのは奥さんの部屋だけ、洗濯も奥さんのものだけ、食事を作るのも奥さんの分だけしか作ってはいけないのである。援助をする場合は家族をも含めた援助でなければ、いくら「自立支援」といっても、効果は半減するだろう。

(内容は違うが)毎年、「海外邦人宣教師援助後援会」-代表・曽野綾子ーから決算報告書と、各地の現状が書かれたレポートが送られてくる。栄養失調で死にそうな赤子に粉ミルクを配給する。しかし栄養状態は改善しない。やがて赤子は死んでしまう。なぜか?母親は配給された粉ミルクを売って金に変え、自分や他の子供達(運よく育った自分の子供に・・・5~6歳くらいになると僅かだがお金を稼ぐようになるのだ。)の食料を買っていたのである。これらのことを考えてみれば『援助』というのはその人に注ぐだけでは何の解決にもならない。ということなのである。時々介護疲労で共倒れになったり、虐待、心中などの記事がマスコミで報道される。報道されるのは氷山の一角だけであろう。65歳以上の高齢者が家族などから虐待された事例は2007年度、13335件と新聞に出ていた。(2008年10月・朝日新聞)介護疲れが一因と見られる殺人や、心中で死亡した人は32人であった。

生活援助はその人が生きがいを感じられて、なおかつ家族が「介護疲労」に陥らないような援助でなければ意味がない。障害者であれ高齢者であれ美術館に行って絵を見たり、好きな人の音楽会に行きたい。たまには友達と外で美味しい食事をしながら話もしたい。通院介助を受けている利用者が、病院の帰り道にある花屋さんに寄って花を買うことも駄目なのである。障害があろうとなかろうと花を愛でたい気持ちは変わらない。生活とは?生きて活動すること。生きるとは?自分の好きなことが自由に出来る。個人が生きがいを持って活き活きと生活出来る。ことだろう。食べて排泄しているだけでは人間として生きているとは言えない。現在の福祉制度は、死なない程度に食べられれば十分であるという考えだけで成り立っている。「人はパンのみで生きているのではない。」のである。

福祉は”思いやり”の心から始まった、福祉の原点は”愛”である。財源がないとすぐに福祉の費用を削減しようという発想はおかしい。弱者や障害を持っている人を排除するということにつながっていく。病になりたくてなったのではない。現在の『介護保険制度』は保険(料)あって介護なし状態に陥っている。福祉の原点を思いながら、もう一度根底から現在の制度を見直すべきと思う。

(注1)  『障害者自立支援法』は収入に応じた負担(応能負担)から、一律1割負担(応益 負 担)になった。障害者にとって死にも値するような制度である。『障害者自立支援法』は即刻、以前の『応能負担』に戻すべきである。

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2008年10月11日 (土)

背景を一新

背景のデザインを一新しました。

最近、局地的な豪雨があちらこちらで起こっています。温暖化現象によるものか?どうか分かりませんが、豪雨は自然現象面に留まらず人間の世界でも局地的な豪雨が・・・。豪雨が通り過ぎた後はもう、わやわやです。せめて小さな水溜りが出来るくらいの雨であって欲しいと思います。子供の頃、水溜りを見つけると走って行き足で水溜りをボチャボチャするのが楽しくて、靴の汚れるのも気になりませんでした。家に帰ると母に叱られると分かっていても水溜りでボチャボチャやっていました。あの頃は貧しい暮らし(今も裕福ではないけれど)だった、洗濯機も冷蔵庫もエアコンもテレビも何もなかった。父が作ったラジオが茶ダンスの上にポツリと置いてあっただけ・・・。大きな真空管をつけたラジオから流れてくる音楽、落語、ドラマなど聞いて、いるだけで十分楽しんでいた。

夏には窓を開け放したままで、蚊帳をつって家族全員がその中で寝ていた。外で暗くなるまで遊び、夏休みが終わる頃になると、「夏休み帳」が気になりだす。何も書かれていない夏休み帳を前に、このまま時間が止まらないかと・・・時が無情に過ぎていく。夜、母がぶつぶついいながら、手伝ってくれた。朝早くからの農作業で疲れているだろうに、母さんごめんね。でも裏の畑になっている熟したトマトは甘くて美味しかったなー。トマトは甘いのだ。2学期始まり、真っ黒になった同級生達の顔を見ながら、宿題を提出する。少し後ろめたさを感じながら・・・。この世に宿題がなかったらどんなに幸せだろうと思っていた、人間は生まれてくる時、大きな宿題を背負わされていると・・・。そうかもしれないと思う今日この頃・・・。

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2008年10月 6日 (月)

良い呆け方は出来ない?

高齢化が進むにつれて痴呆(認知症→ここでは痴呆と記す)になる人が増えている。(若年性アルツハイマー病は別とする)私の知っているだけでも、ざっと10人くらいは浮かんでくる。加齢による物忘れではなく、病的な記憶障害だけに限っての数である。血管性痴呆とアルツハイマー型痴呆では血管性からくる痴呆が多く、比率は7:3くらいになる。

アルツハイマー型痴呆と血管性痴呆の違いは、病識があるかないか?アルツハイマーは脳が萎縮していく進行性の神経難病である。ごく初期ならいざしらず病が進んでくると最近の記憶(短気記憶)だけでなく、過去の記憶(長期記憶)まで失われてしまう。失認(スリッパをスリッパと認識できない。何であれそれが何をするものかわからなくなる。)、失行動(一連の動作が出来なくなる)、失見当、失語等など様々な症状が次々と現れ症状がどんどん悪化していく場合が多い。自分で食事を食べることも出来なくなる。感情が平坦化していく。

血管性痴呆では(俗にまだら痴呆とよばれている)ハッキリしているところと、そうでないところがあり、過去の記憶は保たれていることが多い。短期記憶(近似記憶)が障害される場合がよく見られる。感情は生き生きとしている、失行や、失認、失語などの症状はあまり見られない。原因がはっきりしているため予防しやすい。(高血圧などで血管が堅くもろく、細くなったり、梗塞のため部分的に脳細胞が死んでしまう)初期段階ではわかりにくい中期になっても、失語などの症状がないため他人との会話も普通に出来る場合が多い。知らない人がみると呆けているということが分かりにくい。

上記に書いたことは、かなりの人が知っていることであろう。人は生きてきたように呆けると思っていた。しかしどうもそうではないようだ。アルツハイマー型痴呆にしろ脳血管性痴呆にしろ、ほとんどの人が記憶や感情面において良いことや、良い思い出などが抜け落ちていく。なぜ嬉しかったことや、楽しかったことが抜け落ちていくのだろう。嫌なことや、辛かったことの記憶ばかりが保たれている。呆けるにしても良い呆け方をすることがほとんどないのである。痴呆のない普通の人は良い年の取り方をしている人もいるのだ。ならば、良い呆け方ということがあってもおかしくはないであろう。人間の醜さばかりが出てくるのは何故だろう?呆けるということは何と哀しいことだろう。そのようなことならば、呆けないうちにこの世とさようならしたいと思う。

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2008年9月10日 (水)

老々介護・2

9月10日付けの朝日新聞より

【在宅介護者、80歳以上1割】

厚生労働省の07年、国民生活基礎調査で、在宅で介護する人の約1割が80歳以上の高齢者であるということがわかった。介護者の3人に1人は70歳以上である。急速に進む核家族化と高齢化で高齢者だけの世帯が増え、介護も高齢者に頼らざるを得ない現状が浮かび上がった。介護者の年代構成は50歳代が約30%・・・・・80歳以上の11%である。

前回、書いたように老々介護の割合が増えている。2001年は約6%であった。この数字から類推すると2010年には倍の12%になるだろう。(2020年には25%という推察も・・・団塊世代が70歳前後。)老老介護の悲惨な光景があちらこちらで、起こること必定。かといって国や地方自治体、いわゆる公の制度は期待出来ない。現在実施されている『介護保険』も、制度あってサービスなし的な状況である。

どうすればよいのか?妙案は思い浮かばない。国の財政の無駄を徹底的に見直して、現行の福祉制度をもっと利用者のニーズに合うように作り直しをしてもらう。(国会議員の大幅な削減ー半分で十分ー、米軍の思いやり予算廃止、その他まだまだ見直しすることはある)

庶民は削れる所はトコトン削って削って、涙ぐましい努力をしている。我が家でも、水道の蛇口を絞ったり、洗濯の回数を減らしたり、電話は緊急以外はこちらからかけない、食物も、見切り品をかったり、雨水を溜めたり、油物がついた皿を新聞で拭ってから洗う、給湯機はどうしてもの時だけ、使う、トイレの水洗は(小の時)2~3回分をまとめて流す等など、本当に相当な節約をしているのである。10円でも100円でも節約できるところはしているのである。国はそのような涙ぐましい努力をしているのか?ノーである。そんな努力もしないで、財源がないと安易に消費税をあげる。出来うる限りのことをやってそれでも足りないというのならば、消費税アップも致し方ないと思う。

一人一人の人間を大事にしない国は、誰のために何のためにあるのか?国民がいるから国が成り立つのではないか?用のなくなったジジババはさっさと死ねというのか?弱い人間がいて、元気な人間がいて、幼い子供がいて、色々な人間がいるから、思いやりの心や、愛が生まれてくるのではないか。元気な人間ばかりがいる社会では思いやり、憐れみ、愛は生まれてこない。老老介護する人が多くなれば悲惨なこともますます増えてくるだろう。国民あっての国だということをしかと認識して、高齢者や障害者(福祉)にも優しい日本であって欲しい。(何も苦労せず国会議員になった、2世議員ではそんな庶民の涙ぐましい努力など分からないだろうなー。2世議員禁止条例を作れ。)

国に期待するなんて土台無理な話であろう。”ゆきゆきて倒れ伏すとも萩の原” (曽良)と詠った曽良のような覚悟で生きていく覚悟が必要かもしれないと思う今日、この頃である。

それにしても、我が県は全く、といっていいほど雨が降らない。どうなってるの?ペットボトルで雨水採水器を作ったのに・・・雨乞いに裸踊りでもしよう。雨神様がビックリして雨袋を落とすかも・・・。

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2008年7月13日 (日)

老々介護

(痴呆を認知症と言うようになっているが、ここでは痴呆症と記す。)

近所のTさん宅に100歳近くになる女性の方がいる。(Nさん)宅地開発されここに住むようになってから20数年。Nさんはとてもしっかりとされており、高齢者会の行事に積極的に参加しておられた。90歳を過 ぎてもその活動ぶりは変わらなかった。95歳を過ぎた頃からお嫁さんが時々「この頃、ボケてきたのか、わけの解らんことをするので困る」とこぼすようになった。しかし、道ですれ違うと「こんにちわ、きょうは雨が降ってうっとうしいなあ」とNさんのほうから声をかけてくる。その場でするやりとりはしっかりしており、ボケているとは思えなかった。しかし、T さん方はNさんのためにかなりガタガタしていたようである。

お嫁さんの話から類推すると、『徘徊』、『夜間不眠・不穏』などが出ていたのだろうと思われる。ある日、お嫁さんが「もう、たまらん。市役所に相談に行ったら特別養護老人ホームに入るには2~3年待ちと言われた。夜は寝ないし外に出て行こうとするので・・・出られないように鍵を増やした。玄関の戸をドンドンとたたくので、玄関に布団を持って行って寝ている、3日間ほとんど寝ていない。こんなことが続いたら私らの方が先に参ってしまう」と言われた。Nさんが血管性の痴呆か?アルツハイマー型痴呆か?両方合わさったものか分からないが、家族の方たちの心労は想像に絶する。

政府は3~4年前から福祉に関する予算を減らし続けている。いつも思うことは、財政が苦しくなると何故、弱い人達の(福祉関係の)予算を減らそうとするのだろう?弱い人間を大切にしない国は何なのだろうと思うう。今のまま福祉予算が減り続ければ、Tさんのような『介護難民』は今後ますます増えていくだろう。老々介護による共倒れ、高ずれば殺人にまで発展しかねない。2025年には痴呆老人は350万人に達すると予想されている。(現在わかっている痴呆者は約150万人と言われている)いざという時、公の制度が利用出来ないとなるとどうすればよいのだろうか?

家族が出来ることは限られているが、おかしいと感じたらまず専門医に連れて行き、きちんとした診断をしてもらうことである。物忘れをよくするようになったりするとボケてきたと思いがちだが、うつ病からきているケースもある。(専門用語で『仮性痴呆』と言われている)頭の中に水が溜まったことからきている場合もある。専門医に診てもらって『痴呆症』ということがハッキリした時点で対策を考える。(対策といってもこうすればいいという確たるものはないが・・・。)

ー徘徊ー

どうして徘徊するのかは誰にもわからない。本人もわかっていないかもしれない。おそらくわからないと思う。しかし徘徊するには本人なりの意味があると言われている。私が出会った何人かの人達に共通していることがある。(アルツハイマー型痴呆)それは、「家に帰らんといかん」「仕事をせんといかん」と言いながら荷物を持ってウロウロしていることであった。おそらく若い時からよく働いていたのであろう。遊ぶということもほとんどなく、働くことそのものが一番の価値観となっており、自分自身の存在を示す手段になっていたと思われる。性格も総じて几帳面であった。

それならば彼らに出来ることを見つけてさせてみればどうだろうか?(残存機能活用)例え完全に出来なくても「もういいよ」というまでしてくれるかもしれない。徘徊をとめようとして、家中に鍵をつけたりするのは、かえって逆効果だと思う。「駄目」と言われれば何とかして外にでようと外に出ようとウロウロすることになるだろう。

生理的欲求が満たされているか?どうかということも大切である。トイレに行きたいが場所が分からないでウロウロすることもままある。トイレの場所がわかりやすいように絵とか文字で大きく書いておく。便秘していないか?水分不足がないかなどもチェックしておく。ウロウロする理由の半分は、生理的欲求の不足にあるという専門家もいる。

ー夜間不眠・不穏ー

何故そうなるのか?ハッキリとはわからない。(最新の情報は調べていない)光が夜間不眠に関係していることは分かってきているようである。朝の光を十分に浴びると夜間よく眠るようになる、普通は光を浴びてから12~15時間経つと眠くなるようになる。

「人や哺乳動物の松果体は視床下部に属する視交差上核という部分にある。ここが障害されると生体のリズムがなくなって眠る時間がでたらめになる。」「セロトニン睡眠に深く関係している。」 高田明和著「心の病気はなぜおこるか」より

夜間不眠で困っている時、試してみればどうだろうか?昼の間はなるべく起こしておくようにする。

ー興奮・暴力ー

このような状態の対応は難しい。どのような時に起こるかよく観察して、少しでもそのような兆候が見られたら避難するしかない。しかし突然に興奮することもあるので・・・どうすればいいのか?これといった具体策はわからない。精神科でよい薬があるかもしれない。

上記のことを試してみても、家族の負担は大変なものであろう。どうしようもなくなればもう放っておくしかない。徘徊しようが、寝なかろうが、食べなかろうが、したいようにさせておくしかないだろう。老々介護で共倒れになるよりは・・・それでどうかなっても仕方ないではないか。どんな人間にも存在価値はあるだろうが、100歳近くになった痴呆老人よりは、現役で仕事をしている人間の方が存在価値は大きい。生活を犠牲にしてまで看ることはないではないか?

大きな災害などで沢山の負傷者が出た時、どの人から助け出すか?選別して順序をつけなければならない。トリアージというそうである。専門医がもう助からないと思ったら放っておくのである。老々介護とは少し別次元の話かもしれない。公の援助が得られないならば放っておくしかないではないか。共倒れになるよりは・・・ましであると思う。

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2008年6月30日 (月)

身近な人の死

ー高齢者のサポートー

最近、母の兄弟が亡くなった。70歳であった。80歳になる私の母はかなりショックを受けたようで毎日「何で年上の私でなく弟が・・・と」何度も言う。運命と言ってしまえばそれまでであるが・・・それでは身もふたもない。人によって違いはあるだろうが高齢になればなるほど、喪失感は強くなっていく。社会(仕事)から一線を引かれる喪失感。病などになって健康をなくした時の喪失感、色々な喪失感を持っている。特に若い時から仕事などをバリバリやってきた人は年を重ねていっても、いや、いけばいくほど喪失感は大きくなると思う。また、高齢者は身近な人を失うとかなり強い喪失感に襲われる。そんな場合、突き放したような言い方をすると相手の心は酷いダメージを受ける。それをきっかけにうつ病になることも充分予想される。

高齢になると、忍耐力、抵抗力、予備力などが低下してくる。身体だけでなく心もである。身近な人を亡くして悲しんでいる相手にどう、対応するか?まず最初に「思い」を受け止めてあげることが大事であろう。「泣く者と共に泣き・・・」という気持ちで接するのである。口が裂けても「運命だから・・・」とか「いつまでも悔やんでいても仕方ない」などと言ってはいけない。泣きたいだけ泣かせてあげる。悲しみたいだけ悲しませてあげることが必要と思う。

日が経って少し落ち着いてきたら、死について話し合う。死とはどのようなものか?死ぬとはどういうことか?など・・・色々話し合う。死は誰も避けて通ることは出来ない。色々話しているうちに、より善く死ぬためにはより善くいきなければという思いになれば・・・安心である。うつになる心配は一応遠のく。私は母に言った。「死んではいないよ。人は皆宿題を課されて生まれてくる、その問題が解けた人はもうひとつ上のステージに行ったのよ」と。

高齢者の喪失感を理解することが、何よりも大切なのだ。

『人間を見つめて』神谷美恵子著より

・死に直面した人の心を一番苦しめるもののひとつは「果たして自分の人生に意味があったか」ということである。

・生の意味は誰にもわからない。その判断は人間を越えたものにまかせる。

・つまらないことをしている暇はない。このように考えたとき、はじめて死というものは、生にとってプラスの意味をおびてくる。

・死の時がくれば、それもまた大自然の摂理の中にあることだから、死も生と同様に恩恵として受け止める。

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2008年6月13日 (金)

後期高齢者医療制度を中止せよ

ーわからないのか?-

4月より始まった「後期高齢者医療制度」、実施後より、怒りの声があちらこちらから上がっている。その声は収まる気配がない。怒りの声は年代を問わず上がっているが、対象となる75歳以上の人達の怒りは大きい。「姥捨て山」、「年寄りは早く死ね」、「切捨て」等など・・・。怒りの声は収まる気配がない。政府は次の選挙のことを考えたのだろう。負担を軽くする策を打ち出してきた。

”年金から天引きしない”、”年収○○円までは保険料を軽減する”などである。「アホ!何という鈍感さ」何故こんなに怒っているのか、何に対して怒っているのか?わからないのか?誰しも大なり小なり医療費が増大して、行き詰っているのはわかっているのである。「何とかしなければならない、そのためにはある程度の負担はやむをえない」と思っている人も少なからずいるのである。

彼らの怒りの一番大きな原因は、75歳以上を後期高齢者と線引きしたことにある。同じ日本国民でありながら、何故75歳以上と線を引くのか?後期高齢者と呼ぶのか?差別ではないか?法の下の平等を謳っている日本国憲法に違反しているではないか?という思いなのである。もっと言えばそれは『人間としてのプライドを深く傷つけられた』怒りなのである。小手先だけの手直しをして負担を軽減したとて、怒りは収まらないだろう。

即刻「後期高齢者医療制度」をやめるべきである。年齢で線引きすることなど言語道断と認識すべきである。80歳になる私の母は言った「バカにしている!」と。

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