2008年6月30日 (月)

身近な人の死

ー高齢者のサポートー

最近、母の兄弟が亡くなった。70歳であった。80歳になる私の母はかなりショックを受けたようで毎日「何で年上の私でなく弟が・・・と」何度も言う。運命と言ってしまえばそれまでであるが・・・それでは身もふたもない。人によって違いはあるだろうが高齢になればなるほど、喪失感は強くなっていく。社会(仕事)から一線を引かれる喪失感。病などになって健康をなくした時の喪失感、色々な喪失感を持っている。特に若い時から仕事などをバリバリやってきた人は年を重ねていっても、いや、いけばいくほど喪失感は大きくなると思う。また、高齢者は身近な人を失うとかなり強い喪失感に襲われる。そんな場合、突き放したような言い方をすると相手の心は酷いダメージを受ける。それをきっかけにうつ病になることも充分予想される。

高齢になると、忍耐力、抵抗力、予備力などが低下してくる。身体だけでなく心もである。身近な人を亡くして悲しんでいる相手にどう、対応するか?まず最初に「思い」を受け止めてあげることが大事であろう。「泣く者と共に泣き・・・」という気持ちで接するのである。口が裂けても「運命だから・・・」とか「いつまでも悔やんでいても仕方ない」などと言ってはいけない。泣きたいだけ泣かせてあげる。悲しみたいだけ悲しませてあげることが必要と思う。

日が経って少し落ち着いてきたら、死について話し合う。死とはどのようなものか?死ぬとはどういうことか?など・・・色々話し合う。死は誰も避けて通ることは出来ない。色々話しているうちに、より善く死ぬためにはより善くいきなければという思いになれば・・・安心である。うつになる心配は一応遠のく。私は母に言った。「死んではいないよ。人は皆宿題を課されて生まれてくる、その問題が解けた人はもうひとつ上のステージに行ったのよ」と。

高齢者の喪失感を理解することが、何よりも大切なのだ。

『人間を見つめて』神谷美恵子著より

・死に直面した人の心を一番苦しめるもののひとつは「果たして自分の人生に意味があったか」ということである。

・生の意味は誰にもわからない。その判断は人間を越えたものにまかせる。

・つまらないことをしている暇はない。このように考えたとき、はじめて死というものは、生にとってプラスの意味をおびてくる。

・死の時がくれば、それもまた大自然の摂理の中にあることだから、死も生と同様に恩恵として受け止める。

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2008年6月13日 (金)

後期高齢者医療制度を中止せよ

ーわからないのか?-

4月より始まった「後期高齢者医療制度」、実施後より、怒りの声があちらこちらから上がっている。その声は収まる気配がない。怒りの声は年代を問わず上がっているが、対象となる75歳以上の人達の怒りは大きい。「姥捨て山」、「年寄りは早く死ね」、「切捨て」等など・・・。怒りの声は収まる気配がない。政府は次の選挙のことを考えたのだろう。負担を軽くする策を打ち出してきた。

”年金から天引きしない”、”年収○○円までは保険料を軽減する”などである。「アホ!何という鈍感さ」何故こんなに怒っているのか、何に対して怒っているのか?わからないのか?誰しも大なり小なり医療費が増大して、行き詰っているのはわかっているのである。「何とかしなければならない、そのためにはある程度の負担はやむをえない」と思っている人も少なからずいるのである。

彼らの怒りの一番大きな原因は、75歳以上を後期高齢者と線引きしたことにある。同じ日本国民でありながら、何故75歳以上と線を引くのか?後期高齢者と呼ぶのか?差別ではないか?法の下の平等を謳っている日本国憲法に違反しているではないか?という思いなのである。もっと言えばそれは『人間としてのプライドを深く傷つけられた』怒りなのである。小手先だけの手直しをして負担を軽減したとて、怒りは収まらないだろう。

即刻「後期高齢者医療制度」をやめるべきである。年齢で線引きすることなど言語道断と認識すべきである。80歳になる私の母は言った「バカにしている!」と。

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2008年6月 9日 (月)

「それでも人生にイエスと言う」より

市の移動図書館が月に2回やってくる。あまりにも冊数が少ないので利用したことはなかった。母が利用している。この間代理で返しにいった。何気なく見た所にフランクルの本があった。「夜と霧」、「死と愛」を読んでいたが「それでも人生にイエスと言う」は未だ読んでいなかった。最近目がみえにくく本を読むことは少なくなっていた。借りて帰って読んだ。え

著者のV・Eフランクルはオーストリアに住んで、精神科医をしていた。第2次世界大戦時、ナチスに捕らえられ強制収容所に(家族も入れられたが別々にされた)入れられた。毎時間ごとに、毎分ごとに、毎秒ごとに死と生が入れ替わるという過酷な状況の中を生き抜いて生還した。そのことを可能にした(生還)要因は?何であったのか?過酷な運命に置かれた時、人間はどのように考え、行動するべきか?この本はそれを示唆してくれるだろう。

フランクル著「それでも人生にイエスと言う」から

・人は一人一人の人間にそれぞれの「目的地」に至るたったひとつの道が定められている。「唯一の」「一度きりの道が」・・・。

・何かを行うこと、何かに耐えることのどちらかで高められないような事態はない。それが可能なら運命を変える。それが不可能なら進んで運命を引き受ける。そのどちらかである。

・すべては一人一人の人間にかかっている。どんな人間であるか「だけ」が問題。

「もし、私がそれをしなければ誰がするだろうか。しかし、自分のためにだけするならなんであろうか。今しなければいつするのだろうか。」-ヒレルー

「人間はあらゆることにもかかわらず(困窮と死にもかかわらず)、身体的心理的な病気の苦悩にもかかわらず、(強制収容所の運命の下にあったとしても)人生にイエスと言うことができるのです

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2008年5月26日 (月)

「脳と心」

ーうつ病と脳内物質ー 

フロイトは神経症という言葉を、無意識の葛藤が不安の原因となり、それに対する適切な防御反応が症状を引き起こす、という言葉で用いている。現在は『神経症』の確たる定義は存在しない。米国精神医学会発行の『精神疾患の分類と診断の手引き』第4版では、「神経症」という言葉は、精神医学的には完全に消滅した。このことは、今まで確立された学問の方法であると信じられていた精神分析学が存在しないと宣言するのと同じことである。

精神医学に革命的な変化をもたらしたかげには、『プロザック』という薬の開発とその効果がある。うつ病の薬として1980年に売り出されると、またたく間に多くの患者に使用されるようになった。その結果は、私達の感情とか、意欲、さらに性格について抱いていた考え方を根本的に変えさせるものであった。今まで内気、恥ずかしがりやという状態は、性格の特質だと考えられた。だが、『プロザック』は、このような「性格」とされているものも変化させられることを示したのである。『プロザック』の効果は、脳内の神経伝達物質であるセロトニンを増やすことによっている。

セロトニンのような脳内物質の作用の解明によって、今まで主として心理学的に理解され、解釈されてきた脳の働きが、物質のレベルで話されるようになり、さらにその治療法も物質によるものに変わってきたのである。フロイトの理論が挑戦を受けたのもまさにこの点である。

物質によってだけ人間の心は支配されているとしたら、人間の尊厳は?心は物質の量の変化、その物質が放出される神経のネットワークによって決められるものだろうか?もしそうならば心とは機械と同じで、物質によって完全に支配されている存在にすぎないではないか。私達はちょっとしたことに喜んだり悲しんだりする。孫の誕生に喜び、交通事故で親しい人をなくして、生きることに意味を見出せなくなったりする。心が脳内物質によって決められるのなら、孫の誕生や親しい人の死など関係ないはずである。生理学的に言うと悲しい時の脳内ではセロトニンの量が減っているだろう。逆に嬉しいことがあると、ドーパミンやノルアドレナリンの量が多くなる。もとが心理的原因でも、その結果、脳内の物質は変化するのである。

脳内物質が変化すれば気分は変わり、喜んだり悲しんだりする。反対に喜べば脳内の科学物質の量が変化することも事実である。私達の心は脳内物質のレベルを変化させ、それによって自分の心を支配できる存在だということになる。私達は脳内の伝達物質の奴隷ではないし、奴隷のように振る舞ってはいけない。思いを正して、自分の幸福、生きがいを見いだせるように心をコントロールする。それこそが、今日までの脳の化学が教えたことと思われる。

高田明和著『心の病気はなぜ起こるか」より

人間の尊厳とは?

昔から「病は気から」と言われていた。近年そのことが化学的に証明されるようになってきた。現在わかっている主な脳内物質に、アドレナリン、ノルアドレナリン、アセチルコリン、GABA(ガンマアミノ酪酸)、エンドルフィン、ドーパミン、セロトニンなどがある。これ以外にもまだ解っていないものが沢山あると思う。脳はまだまだ未知の世界である。パーキンソン病はドーパミンが作られなくなり、産生量が20%をを切ると運動障害が現れてくる。(振戦、筋固縮、無動、姿勢反射障害など)なぜ、ドーパミンを作るところの細胞が変性、脱落していくのかは、未だわからない。

何でも無い人と比べると確実にドーパミンを作る能力は衰えていると思う。しかし、嬉しいことがあったり、好きなことをしている時は、薬が良く効いたり、身体が軽く感じられるなどを実際に経験してきた。病は厳然として自分の中にあるが、それに囚われず人生を楽しんでいこうという気持ちをもちながら生きていくことが、何よりも肝要と思う。(たとえ病が進行して寝たきりになったとしても)それが人として尊厳ある生き方ではないだろうか。

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2008年5月24日 (土)

講演「脳と心」補足

ーうつについてー

昨年、日本で自殺した人は約3万人前後と・・・。その中でかなりの人がうつになっているのではないか?という話であった。パーキンソン病の患者はうつ状態になる頻度が高いといわれている。私は以前、E大学の神経内科である薬の治験に参加した。最初は調子よくいくかに見えたが、副作用がだんだん酷くなりリタイヤした。その後、治験を受ける前より状態が悪くなった。薬効時間が極端に短くなったのである。「入院させてください。薬の調整をしてください。」と・・・。しかし「治験は関係ありません。」と言われとりあって貰えなかった。1日が辛く、苦しく何度もドクターに電話をしては病院に行った。

ドクターは精神科に行くようにと紹介状を書いた。私は精神科医を前にしていった。「こんな所にくるようになったら人間も終わったようなものです。私はそこまで落ちぶれていません。自殺願望もありません。自責感もありません。うつではありません。」とまくしたて、席を蹴って帰ってきた。今、考えると不安などから軽いうつ状態になっていたのだと思う。

パーキンソン病の患者はうつ状態になる頻度が高いといわれている。精神科的なうつ病と、パーキンソン病からくるうつ状態は少し違っていると思う。私の体験からすると、パーキンソン病からくる、うつ状態は、

・自責感はあまりない、自殺願望もほとんどない、幻覚、妄想も少ない、身体症状はあまり出ない、抗うつ薬はあまり効果がない、のである。

面白いのは、うつになりやすい性格といわれていることと、パーキンソン病になった人の性格傾向がよく似ていることである。几帳面、無口、小心、内向的、心配性などなど・・・。

(私も上記のような性格傾向を持っていると思っているが・・・。)

うつ状態をチェック(1:いいえ 0:はい)

1、 自分の生活に満足していますか?

2、 これまでやってきたことや、興味があったことを最近やめましたか?

3、 自分の人生はむなしいものと感じますか?

4、 退屈を感じることがよくありますか?

5、 普段は気分のよいほうですか?

6、 自分に何か悪いことが起こるかもしれないという不安がありますか?

7、 あなたはいつも幸せと感じていますか?

8、 自分が無力と感じることがよくありますか?

9、 外に出て新しい事をするより、家の中にいるほうが好きですか?

10、ほかの人に比べて記憶力が落ちたと思いますか?

11、今生きていることは素晴らしいと感じますか?

12、自分の現在の状況は全く価値のないものと感じますか?

13、自分は活力に満ち溢れていると思いますか?

14、いまの自分の状況は希望のないものと感じますか?

15、ほかの人はあなたより恵まれた暮らしをしていると思いますか?

私は15得点中5得点であった。

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2008年5月22日 (木)

講演「脳と心」

ー認知症ー

先日、近くの公民館でE大学・準教授T先生(精神科)の講演があり聞きにいった。前半はうつ病の話後半が認知症についての話であった。特に真新しい話題はなかった。認知症はれっきとした病気であると再確認できた。貰った資料の中に「いつ、どの程度の変化が見られたら、病院に行けばいいか。」チェックリストがあった。

認知症の初期は、加齢による単なる物忘れか?そうでないか?判断するのは難しい。「おかしいな」と思って病院に行ったらすでに中期になっていた。ということがよくあるそうだ。少し前は認知症はどうしようもない病と思われていた。最近は早期に見つけたら進行を遅らせることの出来る薬も出来ている。その他様々なプログラムがあり効果をあげているそうだ。単なる物忘れか、病かは専門医の判断によるしかない。いつ、どの程度の変化があれば病院受診するか。簡単なチェックリストだが目安になると思う。

認知症と正しく向き合うー監修・長谷川和夫ーより

本人の現在の日常生活と、一年前の状態を比べる。総合得点が24点以下の場合、認知症の疑いがある。

(とても悪くなった→0  、多少悪くなった→1  、変わらない→3)

① 曜日や月がわかるか

② 前と同じように道がわかるか

③ 住所・電話番号を覚えているか

④ 物がいつもしまわれている場所を覚えているか

⑤ 物がいつもの場所に無い時、見つけることができるか

⑥ 洗濯機やテレビのリモコンなどの電気製品を使いこなせるか

⑦ 自分で状況にあった着衣や更衣ができるか

⑧ 買い物でお金をはらえるか

⑨ 身体の具合が悪くなったわけではないのに行動が不活発になったか

⑩ 本の内容やテレビの筋がわかるか

⑪ 手紙を書いているか

⑫ 数日前の話を自分から思い出すことができるか

⑬ 数日前の会話の内容を思い出させようとしても難しいか

⑭ 会話の途中で言いたいことを忘れることがあるか

⑮ 会話の途中で適切な単語が出てこないことがある

⑯ よく知っているひとの顔がわかるか

⑰ よく知っているひとの名前を覚えているか

⑱ その人達がどこに住んでいるか、仕事などがわかるか

⑲ 最近のことを忘れっぽくなったか

心当たりのある方は、一度チェックをしてみては?小さな日常の変化を「年だから」と思わないで、早めにかかりつけ医とか、保健師さんに相談する。

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2008年5月14日 (水)

どちらがよいか・・・。

本来の趣旨から少し外れますが・・・。

シャボン玉

シャボン玉飛んだ 屋根まで飛んだ で始まる歌はほとんどの人が知っていると思う。私も小さい時石鹸を溶かしてシャボン玉を作るのが好きであった。大きい玉が出来たときは嬉しくて「シャボン玉飛んだ・・・」とくちずさんでいた。高校で知り合った友達がある日言った。「シャボン玉の歌は間引きの歌だ」と。ショックであった。何とも思わずに歌っていた曲が間引きの歌だなんて・・・。それを聞いた時からこの歌を素直に歌うことが出来なくなった。

アサガオ

少し早いと思ったが4月初旬、アサガオを植えた。昨年蒔いたアサガオの子供である。その数は100粒弱である。昨年蒔いた時は14粒だった。10日たった頃から芽を出しはじめた。50本ほど芽が出た、発芽率50%になる。堂々と芽を出したのもあれば、やっと芽を出したようなのもあった。双葉になったものからプランターに植え換えていった。発育不良のアサガオもプランターに移した。近くに住んでいる母の友達がそれを見て言った。「「そんなに沢山植えたら駄目よ。弱い苗は間引いてしまわなければ他の元気な苗まで、大きくならない。植えればいいものではないよ。」

アポトーシスと自然淘汰

私は悩んだ。やっとの思いで芽を出した苗を抜いてしまうのはしのびない。我が家に来ているヘルパーさんは「たとえ全部小さな花でも沢山咲いたほうが賑やかでいいのではないですか。品評会に出すのではないのだから・・・。」それでいこうと思った。しばらくたったころ、母の友達がやってきた。そして言った。「これでは全ての苗がかわいそう、間引いてやらねば、弱いものはいずれ駄目になっていくのよ。」と言って苗を抜き始めた。またたくまに半分近いアサガオが間引かれてしまった。それを見て思った。自然界の動植物は強いものだけが生き残っていくようになっている。まめに水をやり、肥料をやっても弱い苗は枯れてしまうだろう。自然淘汰されていくのだと・・・。

1人の人間が生まれる、そのためには夥しい細胞の死がある。手は指が5本である。最初はカエルのように指と指の間に幕があるという。その膜はある時期がくれば、突如として、変性し脱落していくという。それを顕微鏡で見ていた研究者は粛々として死んでいく姿に感動を覚えたと・・・それは見事にプログラミングされた細胞死であったと・・・。なぜそのように面倒な過程を経るのだろうか?アサガオは自然淘汰により強い子孫を残していく。人間はアポトーシスにより人間として形作られていく。

残ったアサガオは今すごい勢いでグングン大きくなっている。どちらがよかったのだろう?と思う。間引きされたアサガオと高齢者の人がダブって見えた。今、日本は高齢者や障害者を切り捨てようとしている。今の政治はおかしい、政治だけでなく日本全体がおかしくなっている。まともなことが通じない腐っている。国に対して文句を言う人がいる。しかし、今の政治を、自民党政治を許してきたのは国民なのである。その自覚を持たずして文句ばかり言うのはおかしい。

健全・不健全

手や足や目や耳など、できれば不自由でないほうがいい、人間の社会は高齢者、障害者、健常者と色々な人がいることが健全な社会ではないだろうか。元気な人だけしかいない社会は不健全な状態だと思う。そのような社会があるとすれば不幸だ。そこからは決して愛、思いやり、いたわり、という感情は生まれてこないであろう。

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2008年5月 8日 (木)

おかしな介護保険

こんなのあり

我が家は現在、週2回ヘルパーさんが来てくれる。母1回、月曜日、午前10:00~12:00木曜日は私、時間は母と同じである。ケアプランに、身体介護30分、家事援助1時間半と書いてある。身体介護は名目だけである。同居人がいる場合家事援助のみは出来ない。ヘルパーさんは掃除機をかける、その後一緒に買い物に行く。我が家から歩いて10分くらいの所に小さなスーパーがある。しかしここのスーパーは他のスーパーに比べると高い、しかも野菜や魚・肉など全体的に鮮度があまりよくない。もう少し遠くにあるスーパーは安くて鮮度もよい。品数も豊富なのだ。昨年10月から来てくれているヘルパーさんは言った。「値段が安くて鮮度がよい方に行きましょう。」と。それで歩くと片道25分かかかるスーパーに行くことになった。往復の時間と買い物の時間を入れるとたっぷり1時間半はかかる。

おしゃべりをしながら、ゆっくり散歩気分である。三日分の買い物をするとかなりの荷物になる。ほとんどヘルパーさんが持ってくれる。母と私だけでする買い物はしんどい。だから荷物を持ってくれるヘルパーさんがいるととても助かるのである。ある日、ヘルパーさんが言いにくそうな様子で言った。「ごめんなさい!30分以内で行けるスーパーでないと駄目と言われました。」「30分を超えるのなら身体介護になります。」・・・・・。鮮度悪く、値段が高くても、店があるだけましか?もしもっと田舎であったなら30分以内で行けるお店はないだろう。そのような所に住んでいる独居の利用者は、必要もない身体介護料を払って買い物をして貰っていることになる。

ヘルパーさん一人で行くのは駄目なのだ。一緒に行かなければならない。買い物に1時間半も行けるのなら、ヘルパーさんも必要ないだろう。薬が効かない時は焦る。時間はどんどん過ぎていく。それで追加薬を飲む。その反動が後で出るとわかっていても・・・。とにかく一緒でなければ駄目なのである。身体が悪いからヘルパーさんを頼んでいるのに・・・。これって相当おかしい。大きな矛盾???

半年に一度ヘルパーさんは変わる。今までに4人の人が代わった。ほとんどのヘルパーさんは”臨機応変”に対応してくれた。一人のヘルパーさん以外は・・・。掃除機をかけていた母の部屋に来ると「ここまでです。今日は娘さんの日ですから」私は言った。「わかっているけれど、ささっとやってくれない?」「・・・・・・・・・・・」相当困って悩んでいる。「・・・それでは今日だけ特別ということで・・・」それを聞いた母は「では、買い物をしても魚はあんたの分だけ買ってくるのかしら?私の分は自分で買いにいかなければならないの?」「そんならヘルパーさんはいらない!」

買い物ひとつとってもこうなのである。今の介護保険がどれだけおかしくて陳腐で矛盾に満ちているか?”その人だけに手間をかける”ことだけでは何ほどの援助にもならない。真の援助をしようとするのなら、家族をも含めたケアプランが作成され、実行されなければ意味はない。

ケアマネージャー

公平、中立なケアプランを作成しなければならないとある。そうするためには事業所に属していては公平・中立なケアプランは出来ない。弁護士などのように独立した自由な立場にしておかなければおかしい。

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2008年4月 9日 (水)

穴あきだらけの介護船

ー介護保険についてー

2000年4月に介護保険が始まって8年経った。福祉関係者の危惧も無視して、介護船は港を出た。見切り発車という批判の声もあちらこちらからあがった。その声に時の政府は「航行しながら直していく」と・・・。(一応5年後に見直すことになっていたが」無謀というしかない。この制度の矛盾や欠陥は5年後の見直しによってますます顕著になってしまった。

「やっぱり」という思いである。

制度創設の理由として、少子高齢化(核家族化→介護力の低下)、社会的入院の増加(介護を必要とする高齢者が長期的に一般病院に入院している)などがあげられていた。要するに分立していた「老人福祉と」、「老人医療」を再構築するということであった。

基本的理念として、「要介護状態の軽減、予防の重視」、「医療との連帯」、「サービスの自由な選択」、「在宅介護の重視」、「民間活力の活用」と書かれていた。示された具体案を見た時、”絵に描いた餅”、”売る物が少ししか置いていないデパート”だと思った。

多くの福祉関係者が危惧していたこと。

○公平な認定が可能か?(否)

○選べるだけのサービスが揃っているか?(否)

○家事援助と身体介護の線をどこでひくのか?(引けない)

○民間業者の参入により、高齢者が金儲けの手段として利用されないか?(不正請求)

などなど、危惧するところは未だ沢山あった。

介護制度を利用するには、申請書を出す→主治医意見書+聞き取り調査表→認定審査→要介護度決定となる。主治医の意見書は利用者の目に触れる事はない、何がどのようなことが書かれているのか分からない。委託を受けた調査員が聞き取り調査に利用者の所にくる。その調査表をコンピュータにかける。そして出た結果と主治医の意見書を見ながら、認定審査委員が要介護度を決定していく。主治医によって、また、調査員によって内容はまちまちになる。

(以前、一人の入居者の了解を得て、同じ項目をそれぞれの職種の人が模擬テスト的に聞き取り調査をした。出た結果は医師、看護師、介護師、施設長で異なっていたのである。)85項目からなる『聞き取り調査表』は、施設の入居者から聞いたことを基に作成されていた。基本的理念に「在宅介護重視」と書かれている。何を考えているのか?バカとしか言いようがない。利用者が望むサービスと、提供されるサービスがかけ離れている根源は、ここにあるのではないだろうか?(現在の「聞き取り調査表」は作り直されている。)利用者が必要としているニーズを聞き、それに沿って作られたものでなければ意味がない。最初に『介護保険』ありき・・・なのである。

介護保険が出来ると聞いた時、「医療保険制度」がいき詰まっているため、名を変えて老人(障害者)を切り捨てるために作られた制度ではないかと思った。今、問題になっている『後期高齢者医療制度』は、その延長線上なのではないか?一気呵成に切り捨てると反発が大きいため、第一段階として、「介護保険」、第二段階として「後期高齢者医療」を作ったのではないかと思う。(考え過ぎであろうか?)

話を「介護保険」に戻す。上段に書いたことからも、公平な認定をすることは無理である。サービスを自由に選べる、そのためには沢山のサービスが揃っていなければ選ぶことは出来ない。2000年の時点で利用出来るサービスは限られていた。特に離島などは、介護保険料だけ取られてサービスはほとんど無きに等しい。介護保険ありてサービスなしという、何ともお粗末なものであった。

身体介助と、家事援助は切っても切り離せない。それを別けた為に混乱が生じている。今の介護保険制度は利用者のみに手間をかけることになっている。在宅介護の重視という観点からみれば、家族をも含めた援助をしなければ要をなさない。老老介護の末に共倒れというケースも増えている。

民間活力の活用、介護保険が始まってから、雨後の竹の子のように、事業所、グループホーム、デイサービスセンターが出来た。しかしその実態はコムスンに見られるような(老人を金儲けの手段とする)事業所がかなりあるのではないか?キッチリとした第三者評価機関(制度)を作らねば、悪徳な事業所はなくならないだろう。

穴あきだらけの介護船、沈没する前に港に引き返し根本的に直すことが肝要であろう。

「どこでも、いつでも、的確で、質の良いサービスを安心して、気軽に受けることが出来る」ためにも・・・。

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2008年3月27日 (木)

たかが一歩、されど一歩

ー心と脳ー

毎年この時期に開催される、あるパーキンソン病の集まりに先日参加した。5年前に名簿に加えてもらったが未だ一度も参加したことがなかった。12月頃に幹事さんから案内メールが届く。その時は「参加しよう」と思うのである。集まりの日が近づくにつれて不安が大きくなり「あと一歩」のところで踏みとどまってしまう。いつもその繰り返しであった。

今年の幹事さんから案内メールが届いた時「今年はどんなことがあっても参加しよう」と固く心に誓った。そして集まりに母と共に参加し、そのうえ翌日は東京に行きもう一泊し、母の予定していた(女学校時代の友達に会う)スケジュールに付き合ったのである。母の親友二人と食事をし、お茶を飲みながら歓談し、夕方の飛行機で帰ってきた。二泊三日の旅であった。

全く不安がなかったわけではない。飛行機から降りるときに動けなかったら・・・困ると思い、もしもの時はサポートをして欲しいと頼んでおいた。しかし、往きも帰りもサポートはいらなかったのである。何はともあれ「一歩」が踏みだせた。「この一歩は小さな一歩だが人類にとっては大きな一歩である。」と、ある宇宙飛行士が初めて月に降り立った時に言った言葉になぞらえて、「元気な人にとっては小さな一歩、たかが一歩かもしれない、しかし私にとっては大きな一歩、されど一歩なのである。」

一歩が踏み出せた要因はいくつかあるが、一番大きな要因は一年前に「40時間の無動」を体験し、死にそうになったことである。あの凄まじい体験以降、少しくらいのことでは驚かなくなった。(事故の効用?)二つめは、私の尊敬しているJ大学病院のH・Nドクターが参加されると聞いたことである。H・Nドクターは私にとって大切な大切な(S大学のH・Jドクターや、H大学のA・S先生と共に)先生なのである。どうしようもない時S・O・Sを出すと必ず救い出して下さる。

臨床医として有能であるだけでなく、研究の方面でも大きな実績をあげておられる。そして何よりも先生の人柄の良さ、いつも謙虚で、優しく、思いやりに充ち溢れている。患者である前に、一人の人間として接してくださる。先生は言われる。「決して諦めないで下さい。共に頑張りましょう」と。

今回の旅で強く実感したこと。『嬉しいことや、楽しいことがあると薬がよく効く』3日間を通して少しの振るえはあったものの、”すくみ”、と”無動”はほとんど出なかったのである。この事をもっと突き詰めていけば『心の持ち方で自らの脳内物質を変えることが出来る』ということになる!!さらに言えば『良いと思えば良い方向に行く』ということだと思う。

(参考)

高田 明和著「心の病気はなぜ起こるか」より

「脳内物質が変化すれば、気分は変わり、喜んだり悲しんだりする。しかし、反対に喜べば脳内の科学物質の量が変化する。私達の心は脳内の物質のレベルを変化させ、それによって自分の心を支配できる存在である。」

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