身近な人の死
ー高齢者のサポートー
最近、母の兄弟が亡くなった。70歳であった。80歳になる私の母はかなりショックを受けたようで毎日「何で年上の私でなく弟が・・・と」何度も言う。運命と言ってしまえばそれまでであるが・・・それでは身もふたもない。人によって違いはあるだろうが高齢になればなるほど、喪失感は強くなっていく。社会(仕事)から一線を引かれる喪失感。病などになって健康をなくした時の喪失感、色々な喪失感を持っている。特に若い時から仕事などをバリバリやってきた人は年を重ねていっても、いや、いけばいくほど喪失感は大きくなると思う。また、高齢者は身近な人を失うとかなり強い喪失感に襲われる。そんな場合、突き放したような言い方をすると相手の心は酷いダメージを受ける。それをきっかけにうつ病になることも充分予想される。
高齢になると、忍耐力、抵抗力、予備力などが低下してくる。身体だけでなく心もである。身近な人を亡くして悲しんでいる相手にどう、対応するか?まず最初に「思い」を受け止めてあげることが大事であろう。「泣く者と共に泣き・・・」という気持ちで接するのである。口が裂けても「運命だから・・・」とか「いつまでも悔やんでいても仕方ない」などと言ってはいけない。泣きたいだけ泣かせてあげる。悲しみたいだけ悲しませてあげることが必要と思う。
日が経って少し落ち着いてきたら、死について話し合う。死とはどのようなものか?死ぬとはどういうことか?など・・・色々話し合う。死は誰も避けて通ることは出来ない。色々話しているうちに、より善く死ぬためにはより善くいきなければという思いになれば・・・安心である。うつになる心配は一応遠のく。私は母に言った。「死んではいないよ。人は皆宿題を課されて生まれてくる、その問題が解けた人はもうひとつ上のステージに行ったのよ」と。
高齢者の喪失感を理解することが、何よりも大切なのだ。
『人間を見つめて』神谷美恵子著より
・死に直面した人の心を一番苦しめるもののひとつは「果たして自分の人生に意味があったか」ということである。
・生の意味は誰にもわからない。その判断は人間を越えたものにまかせる。
・つまらないことをしている暇はない。このように考えたとき、はじめて死というものは、生にとってプラスの意味をおびてくる。
・死の時がくれば、それもまた大自然の摂理の中にあることだから、死も生と同様に恩恵として受け止める。

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